とんとんとん。
 小気味よい音が台所に響く。
「今日の夕飯は何だ」
 脚をするりと撫でる感触に、雷堂はちらりと目をやり、直ぐに手元を見る。
「魚と和え物だ」
「香辛料は避けろよ」
「あぁ」
 ごろごろと喉を鳴らし、身体をすり寄せる黒い塊。
 雷堂は、微笑して「内緒だぞ」と食材を放ってやる。
 宙に飛び上がり、綺麗に咥え、回転したのを傍目に、感嘆一つ。
「上出来だ」
 嚥下し唇を嘗める小さな舌は、紅い。
 上目遣いの翠玉が、誘うように煌めいた。
「当然だろ」
「ふむ」
「なぁ雷堂」
「何だ」
「お前、むこうの十四代目をどう思っているんだ?」
「悪餓鬼」
 笑い声が響く。
 ふと、雷堂はしゃがみ込み、黒猫の頭を撫でた。
 その手が円を描くようにして喉に辿り着き、軽く締め上げた。

「お前、業斗ではないな」
 冷然と力を込める。

「はぁ?」
「『上出来だ』、影法師よ。いや
 ・・・・・・十四代目よ」

 碧の目が嬉しそうに細められた。
「正解です」
 みるみる間に、翠玉が蒼くなり灰色を呼び覚ます。
「中々のものだったでしょう」
 黒い躰はそのままに、雷堂に甘えるライドウ。
 引っ繰り返して腹を触ってやりながらも、雷堂はむすっとしたままだ。
「業斗はどこだ」
「もっと撫でてくれなきゃ教えません」
「・・・・・・」
「あ、」
「変な声を出すな」
「・・・・・・雷堂の莫迦」
 かぷ、かぷ、と甘噛みするのは、もしや照れているのだろうか?

 と、扉から黒猫が走ってきた。
「雷堂!」
「業斗!」
 両手を広げて雷堂は、その突進を受け止めようとした。
  が、気配なく後頭部に走った鈍痛に、呻いて身体を折る。
「な!?」
「未熟者め」
 そこへ、前から来ていた猫の突進が突き刺さる。
「ちょっと気配を代えるだけで見分けがつかないとは・・・・・・」
 ゴウトは、雷堂の腹にぐりぐりと頭を擦りつけたまま、嘆息する。
「俺のスキンシップが足りていないのだろうか? もう少し、においをつけておくか」
 いつものように、肩を占領した正真正銘、業斗童子は白い耳をぺろりと舐めた。
「ははは、僕だって負けませんよ」
 ライドウ猫は、ゴウトに雷堂に甘えながら好き勝手してくる。
  三匹に懐かれて雷堂は、身動きがとれない。
 力ではね除けることは勿論、できる。
 だが、猫というだけで雷堂は抵抗することができなかった。
「ったく、猫なら何でもいいのですか?」
「我は、我は、け、決して猫好きではない」
「嘘つけ」
 ぐるぐると雷堂の足下を中心にして三匹が回りだした。
「近所で猫を見つける度に、見つめていたくせに」
「ち、違う。あれは!」
「こっそり餌やってるだろ」
「情報収集の見返りとしてだな!」
「むっつりすけべ」
「違う違う! ・・・・・・ん?」
「素で淫乱か。まぁいい」
「望むところだぞ、雷堂!」
「業斗!?」
 にゃーん、と胸に飛び込んできた猫を、無意識に撫でる。くすぐる。我に返る。
「ちっ。もっと激しく愛でろよ」
「えぇい! 貴様らぁあああぁあ!」
 どうしようもなくなって雷堂は、両手を天に上げた。
 反応して、すかさず三匹は、ばばっと跳躍し、雷堂の前に降り立つ。
 左から猫、猫、猫。 黒い躰に碧の双眸。
 一斉にそれらが雷堂を上目遣いで見た。
 不覚にも、雷堂は胸が高鳴り、次いで硬直した。
『雷堂』
 それは甘く蕩ける誘惑の声。
 可愛らしく小首を傾げ、にゃあと鳴いた。

「さぁさぁ」

「誰といたいか選べ」

「俺たちに襲われる前に、な?」






                                   2006.8.22