エプロン注意報




 逢魔が時とはよくいったもの。
 昼日向を生活の大半につぎ込む者はおろか、昏き淵に身をおく魔を知る者ですら、ふと闇に引きずり込まれそうな感覚に陥る。
 常ならぬ世界への誘因。


 つまるところ、葛葉雷堂は危機に直面していた。





「それ」は鳴海探偵事務所の扉を開けた先に、いた。

「おかえりなさい雷堂」

 よく見知った者の姿をした――― 否、悪魔はそういって優しく微笑んだ。
「今日もお疲れ様です。紅茶にしますか、それともコーヒー?」
「・・・・・・」

 雷堂は無言で銃口を悪魔に突きつけた。

「三つ数える。その間に正体を現せ」
「雷、堂?」
 きょとんと立ち竦む悪魔、もといライドウは無意識に胸へ手をやったが、管がないと知り、諦めて溜息を吐いた。
「遅い帰りと思えばこの仕打ち。どうされたんですか、雷堂」
「気安く呼ぶな」
 ライドウの声で。
 改めて銃身を向け、雷堂は険しい表情をする。心なしか脂汗が浮いているようだ。
「そのように・・・・・・は、破廉恥な格好をしているものが十四代目なはずはない。偽物ならば許しを請え。本物ならば証拠を見せろ」
「証拠と云われても・・・・・・」
 戸惑うライドウ(もどき)のしおらしさに腰が砕けそうになったが、なんとか声を絞り出す。
「百歩譲って本物だとすれば・・・・・・貴様、プリンパでもかけられているのか」
「よくわかりましたね。今日のおやつはプリンですよ」
 とてとてと近づいてきた彼は、可愛くスプーンなど握っている。

 ・・・・・・可愛い? デビルサマナーたる我が可愛いなどと思うなど!?

 殺気をいつもの二割り増しで吹き出し、雷堂は吠えた。
「やはり我を愚弄する気か悪魔よ!」
「・・・・・・プリン、嫌いですか?」
「いやプリンではなく」
「よかった。どうぞ」

 ライドウの煌めく瞳に誰が逆らえるであろう?
 雷堂も例外ではなく、集魔の水に引きつけられた悪魔のようにふらふらと近づく。
 それでも最後の理性で、口だけは動かした。
「本物のライドウと言い張るなら、なぜそのような格好をしている!?」
「鳴海さ・・・・・・いえ、所長が貸してくださって」
「あいつか!」
「はい。料理をするならエプロンが必要だろうと仰って」
 何かおかしいでしょうか、と無防備に首を傾げるライドウ。
 目眩を覚えながら改めて雷堂は見聞した。

 レースに縁取られた女物のエプロン。
 サイズもあつらえたが如くぴったりで、可憐という言葉を添えたいくらいだ。
 男なのに・・・・・・という偏見を除けば、だが。
 華奢なライドウには恐ろしいことによく似合っていた。

「おまえ、弱みでも握られてるのか」
「え?」
「嫌ならば断ってもいいんだぞ?」
 ぽん、とライドウの肩に手を置いた。
「脱げ」



「たっだいま~」



 その時、脳天気な声が事務所に帰還した。
 探偵事務所所長にして、本日の悪の権現。
「な~る~み~」
 ゾンビもかくや、おどろおどろしい声を出す雷堂。
 その禍々しい気配に臆することもなく、鳴海はひょいと自分の帽子を雷堂の頭にのせた。
「雷堂、飯。あと名前の後ろに『さん』をつけろよ」
「お帰りなさい鳴、いえ所長」
「ただいまライドウちゃん。昨日も云ったけど、俺のことは『鳴海さん』でいいからね。むしろそう呼んでくれなきゃ悪戯するよ?」
「・・・・・・すみません。どうしても僕の世界の『鳴海さん』が思い出されて・・・・・・」
「つれないなぁ。まぁ、そこも可愛いんだけど」
 明日は云わせてみせるぜ、とウィンクする鳴海に、雷堂はつかつかと詰め寄った。
「・・・・・・貴様、これはどういうことだ」
「襟首掴むのは反則だぜ雷堂クン」
「気持ちの悪い声を出すな。それより、あのふざけた格好を即刻やめさせろ」
「やだ」
 無言で刀の鍔に手をやった雷堂を見て、あわてて鳴海は付け加える。
「だって料理するにはエプロンか割烹着だろ?」
「下手な言い訳を」
 さらに力を込めようとした瞬間、鳴海の目がきらりと光った。

「それに、もともとアレは雷堂にあげるつもりだったんだから」

「え?」
「な、に・・・・・・」

 絶句する助手達に、してやったりと鳴海は笑う。
「じゃ、そういうことで飯よろしくな」
 さっさと部屋に引き上げる所長の背を見送り、ドアの閉まる音がしてからようやく二人は呪縛が解けた。

「やはりあの男、一度たたきのめした方がいい」
 物騒にライドウが唸れば
「それは定吉が・・・・・・」
 何かを思い出すようにライドウが応える。

「・・・・・・雷堂」
「なんだ」
 刀の鯉口を切った雷堂に、困惑の視線が向けられる。

「あの・・・・・・やはりこれは、あなたが着るべきでは?」
「まだ云うかー!!!」
 完全に血管が切れた雷堂は、素早く刀を振るった。
「う・・・・・・!? あれ?」
 斬られた、と思ったライドウは襲ってこない痛覚に眉をひそめた。
 次いで、ぱさっと軽い音がした。
「案ずるな。斬ったのは布きれだけだ」
 見れば、ひれ伏すように床に散ったエプロンの残骸。
 雷堂はたおやかな手を引き寄せ、入り口へ歩き出した。
「来い。鳴海を粛清する前に、まずおまえから根性をたたき直してやる」


「雷堂」
「・・・・・・なんだ」
 応えたのはライドウではなく、所長室に引っ込んだはずの鳴海であった。
 疲労困憊の雷堂にタイミングよく話しかけるあたり、さすがといえばさすがだが。
「帽子返して」
「・・・・・・」
 ただし、一言多かった。

「あと今度から口説き文句に 『脱げ』 はやめとけよ?」




 嗚呼、今日も探偵事務所に轟音が響く。



 エプロン。それは禁断の道具。
 使い方には厳重なご注意を。

 もしも筑土町の探偵事務所に持って行くならば
 
 その日の人災確率は99パーセントを上回るでしょう。







 別名、はれんち学園お送りいたしますv
 うわぁ自分で書いておいてなんですが、超力キモイですね!
 今までサイトにあげたまじめ話をかき消すぐらいのきもさっす。いや、他のも多少(?)そのケはありましたが(笑)
 
 今回は雷堂が一番まとも(?)な行動をしていましたが、彼にしても結構きわどいことをしています。後半エプロンを切り裂くシーンなんか、一歩間違えればライドウちゃん裸ですから(をい!)
 でも一番キモイのはそのライドウちゃん。新婚さんのような台詞と雰囲気を醸し出しているし。
 ああ、ギャグを書かなかった反動って恐ろしい・・・・・・。

 サイトの雰囲気をがらりと変え、人物のイメージ像をことごとく壊した話でしたが、ここまで辛抱強く読んで下さった方、本当にありがとうございました♪ 
 
                                     2006.5.17