「あけましておめでとう!」
「・・・・・・おめでとうございます」
「ま、おめでとう」
ぺこりと挨拶する男二人に猫一匹。
ソファに座っていた鳴海は、ばっと立ち上がり窓の傍で背を向けた。
新春の陽光を直に浴びてみる。
「いや~日の出が美しいね! お節も雑煮も美味しいし、元旦はいいよね!」
「今日は四日です」
「真っ昼間だしな」
「も~本当に、小さな悩みなんて吹き飛んじゃうくらい素晴らしい日だ! この素晴らしさが管理人さんにも伝わればいいよね!」
「はぁ」
「さぁて、今日のご飯は」
「鳴海さん」
「ん? もう作ってあるの?」
「少し、太りましたね」
「・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
ぇ、えぇ? 何のこっとぉ?」
「どもり過ぎだろ。本当に元スパイか?」
「何言ってるんだか。俺は生まれた時からセレブだよ~♪」
「鳴海さん。どうして着物を着てらっしゃるんですか?」
「え、そ、そりゃあ、日本男児たるもの正月には和服でしょ!」
「去年は着てなかったよな?」
「去年は去年! 今年は今年!」
「その紋付き袴・・・・・・ウェストを調整するために着ているのではないでしょうか?」
「な、何を証拠に?」
静かにライドウが立ち上がる気配。
近づく、息づかい。
胸がドキドキしてしまう距離になった。
耳元で囁かれる。
「鳴海さん・・・」
背後から抱きしめられる。
焦らすように指が、首に触れ、脇を這い・・・
むにっ。
「・・・・・・っ」
「お餅みたいです」
むにむに、みよーん、と腹肉が摘まれる。
うっ。
俺、そんなに食べたかなぁ?
まぁちょっと、ほんのちょっと、
いつもの食っちゃ寝に加えて雑煮に汁粉、お節はちょいちょい摘んで、 日本酒、ワインを瓶で飲みまくったけど。
うっ。
これ異常触られると、ちょっと下の方が危ない。
「放してよライドウ」
「気持ちいい・・・」
「う、うっとりしても駄目だからね!」
「自覚したましたか?」
「お、俺、セレブだから太らないよ~♪」
「僕は、ぽっちゃりも好きですけど」
「え?」
「次の依頼人は、細身の男性がお好きらしいのです」
「・・・」
「意味、おわかりですか?」
「あのね。太って見えるというのは、極めて主観的な意見であって、しかも初対面の人に俺の体重の増減なんて分から」
「先月と先々月の家賃、滞納してますよ」
「痩せます」
がくり、と肩を落とした。
「ライドウ、俺は餅食べるぞ」
「ゴウト、喉を詰まらせないように気をつけてくださいね」
「鳴海、お前にはこれをやろう」
ゴウトの視線の先には・・・・・・。
数刻後、探偵事務所に軍靴が響いた。
「失礼する。鳴海氏は、いま・・・」
「取、り、込、み、中~!!!」
「・・・・・・だ、そうですよ。定吉さん」
書生の声は、来客者にはあまり意味のないものだった。
あまりに珍妙な光景に、脳みそが上手く機能しなかったためである。
「これは・・・新年の行事か何かだろうか?」
「お前には関係ないっよ~っ!」
「だ、そうです」
鸚鵡のように繰り返す少年を見てみたが、詳しく説明してくれる様子はない。
飼い猫が餅を頬張り、時に顔や前肢に白い粘りをつけて啼いているのに夢中なようで。
「僕が食べさせてあげましょうか」「ニャー」「口移しで」「ニャッ」「照れなくても」
この少年も変だ。
下手に関わらない方がいい。
密偵の勘で結論づけた定吉は、仕方なくもう一度その珍妙な光景
―――鳴海氏を見てみる。
―――なぜだ。
なぜ、紋付き袴を着た成人男性が、
一升瓶を使って素振りしている―――?
「・・・取り込み中のようだな」
「せいっ! やっ!」
「私に五分くれないか?」
「話しかけるな! 回数忘れるだろ!?」
「・・・すまん」
「せいっ! はっ! 壱万!」
「桁違いますよ鳴海さん」
「数えてるなら言ってよ!」
「・・・・・・日を改めよう」
目礼して、定吉は扉を閉める。
「何だったんだろうな・・・あれは」
酔っ払いの酔狂?
筋肉トレーニング?
何らかの修行?
儀式?
何のために?
「幽霊」独自の情報攪乱?
まさか、軍へ戻る気か?
様々な可能性が弾けては、蠢き、混乱し、嘲笑うように幻灯が重なる。
まったりとしつこく所長の変態ぶりが揺らめき泳げば、
全く動揺せず自分の世界に没頭する一人と一匹の影絵がチカチカと瞬く。
・・・・・・新年から消化の悪いものを見てしまった。
幻覚を振り払うように、頭を振り、靴音高く廊下を歩く。
それにしても私の冷酷無比な脳を掻き乱すとは・・・・・・!
あそこは悪の巣窟か?
さっさと始末した方が世のためかもしれん。
もっと気を引き締めなければ。
日本男児たるもの、何ものにも狼狽えない精神力を・・・・・・!
ぐっと胸を張ったその時、
「目指せ弐キロ減~!!!!!!」
慟哭ともとれる男の声に、危うく階段を踏み外しそうになったのだった。
2010.1.11
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