今日こそ云う。云ってやる。
彼奴が思ってもいない。
胸の内側を。



****************************************************




頭痛がする。
目をつむっても闇の中で閃光が飛び交い、最悪の摩擦音が頭蓋を叩く。
頭の中で落雷が起こったら、こんな感じだろうか。
おまけに耳には、しつこく電話が怒鳴り込んでくるし。
「・・・・・・鬱陶しい」
軽く持ち上げて、切ってやった。
用事があるなら、後からかけてくるだろう。
俺のお昼寝タイムを妨げる奴が悪いのだ。
「・・・・・・ちっ」
再び頭を直撃する騒音に、鳴海は拳を叩きつけたくなった。
払いのけたつもりが、かすって、受話器が掌に転がり込んできた。
畜生。無生物の分際で。人間様を莫迦にしやがって。
これからは、雷堂の部屋に電話を置いてやる。絶対だ。
机に顎をのせたまま「もしもし」と呟いた。
「鳴海だな」
「違イマス。僕ハ書生ノ」
「書生は我だ。今から五分以内に来い。場所は・・・・・・」




「・・・・・・で?」
後ろ手に縛られながら、鳴海は呟いた。
「何なの。君ら」
目の前に勢揃いした方々を眺める。
殺気とも狂喜ともつかぬ気配が、鳴海を圧迫する。
遅刻したせいかな。
でも、急いでも五分で来るのは無理だって。

わざわざミルクホールまで来てみれば、にっこり笑ったライドウが酒瓶片手に「動かないで。手をあげてください」と脅してきて。
申し訳なさそうに鳴海の手を縛ってきたのは、佐竹の子飼いだろうか。
べたべたと躰を触ってきたのは佐竹で、護身用の武器を奪っていきやがった。
「役得だ」と云ったような云わなかったような。

「今日は何の日かご存じですか?」
鳴海の不機嫌すら、ある意味解消してしまいそうになる声の方に、視線を向けた。
「嘘をついていい日なのですよ」
「・・・・・・エイプリルフールだろ」
「よくご存じね。流石探偵さん、かしら?」
「タヱちゃんまで・・・・・・」
「私、お祭り好きなのよ」
「―――俺が縛られる意味は?」
「暴れられると困るし」
「店の物を壊されてもねぇ?」
「俺のイメージって・・・・・・」
『鳴海さん』
「はい?」
竜宮の女将も加わった。
『借金の納期、過ぎてるんだけど?』
「・・・・・・好きにしてください」
「では始めましょう」
観念して、鳴海は椅子に座った。
ぎしっと軋む音に、掌が汗ばむ。






「鳴海さん。好きです」
「鳴海さん。写真におさめておきたいほど好きよ」
「鳴海さん。借金を返してくれたら、人類と認めてあげるわ」
「・・・・・・若干、嘘以外が混じってないか?」
「あら。そう感じるのは、あなたの心がきれいなせいよ鳴海さん」
「あー! 腹立つなぁオイ! 佐竹! このお嬢さん達を何とかしてくれよ!」
脚をばたばたさせる鳴海に、
「わしは、うまい酒を飲みにきただけやからなぁ」
「いいご身分だな! わかったよ! 後云ってないのは、誰だよ莫迦!」
その時、女性陣の目が光ったのを鳴海は見逃さなかった。
「雷堂君! とどめさしてあげて!」
「積年の恨みはらしちゃいな!」
「お前等本音だろ! 間違いなく本音だろ今の!」
あーあーもう好きなだけ云えよ畜生。
一発ぐらい殴られるかもな。
「で。雷堂ちゃんは、俺にどんな素敵なことを云ってくれるのかなぁ?」
「我は・・・・・・」
何故か顔をふせる雷堂。
「貴様のことが、・・・・・・」
おや?
心なしか耳が赤いような?
「雷堂ちゃ〜ん?」
顔を見ようと覗き込めば、
雷堂はテェブルに拳を叩きつけ
「失礼する」
顔を下げたまま、部屋から出て行った。
「・・・・・・何あれ?」
「・・・・・・どうしたのかしら、雷堂君」
「―――鳴海さん」
くいっと鳴海の顎をすくってライドウが見つめてくる。
呑まれる。
何故かそう思った。
「鳴海、さん」
多くは語らず。
雷堂とは似て非なる瞳で、宿した光だけ先の雷堂に似ていた。
一体、俺をどう見てるんだ?

「しゃーねーな」

よっ、と一声。
鳴海は立ち上がった。
「俺、先に帰るわ。あ、タヱちゃん」
「何かしら?」
「これあげる」
タヱの腕に、縄を絡ませた。
「え!? どうやって解いたの!?」
「それを解き記すのが記者ってもんでしょ」
ウィンク一つ。
ひょいと帽子を被り、出て行った。




****************************************************




「雷堂。探したぞ」
階段を上りながら鳴海は、微笑した。
「嘘をつけ」
「何で」
「今日は嘘をつく日だろう」
鋭い視線が鳴海を射抜いた。
確かに、今、嘘をついた。
雷堂なら此処に来ると思ったから。
だって。あんなに月が・・・・・・。
「禍々しい夜だ」
風が二人の上着を嬲る。
丸すぎる明かりが、雷堂の表情を隠していた。
「悪魔ならずとも血が騒ぐ」
陸橋の上で佇む闇色の姿に、鳴海はぞくっとした。
唐突に思う。
闇こそが、月の本質かもしれない、と。
真っ白に輝くのは、黒が強すぎるからではないかと。
思考と理性を塗りつぶす・・・・・・。

深く息を吸って、混濁した考えごと吐き出した。
「なぁ雷堂」
鳴海は、階段の途中で、すとんと座り込んだ。
「もうすぐ四月一日終わっちゃうぜ」
「・・・・・・」
「さっさと云えよ。云いたいことをよ」
「我は・・・・・・」
黙り込む雷堂に、鳴海はゴキゴキと首を鳴らした。
「俺、お前が嫌い」
「・・・・・・っ」
「でも俺、お前が好きだぜ」
「どの辺りが」
「ベッドの中で、」
「・・・・・・聞いた我が莫迦だった。やはり我は、貴様が嫌いだ」
「へぇ。俺のこと好きなんだ」
「今のは本音だ!」
「はっはっはっはっ。雷堂君。今日はエイプリルフールだよ!」
ニヤニヤする鳴海に反して、書生は口を引き結んだ。
「我は、我の意思に反することは云わぬ・・・・・・」
「へー」
「・・・・・・嘘だと思っているのか?」
「いや。お前らしいよ」
ちょっと驚いて逸らした顔に、鳴海は内心ほくそ笑んだ。
なるほど。そういうことか。
少年の云いたいことは、そこまでの重みを持っているのだ。
大方、ミルクホールでの壱幕は、雷堂の為に他の面子が仕組んだことだったのだろう。
何やら鳴海に物言いたげな少年の為に、開かれた饗宴。
だが、結局、其の場では云えず・・・・・・。
今も尚、黙り込んでいるのか。

此の頑固者。
さっさと本音を漏らしやがれ。

足音もなく雷堂に擦り寄り、キスをする。
「云わないと、もっとするぞ」
呆気にとられる少年の耳を囓る。
瞼を舐めると、漸く俺の本気をわかったようだった。

「我は、・・・・・・」

紅い舌が、紡ぎ出す。

そうだ。その調子。

嘘の夜が、俺たちを奥底で繋げてくれる。
普段は云わない、云えない言葉が、心の深い場所まで照らし出すから。

さぁ、永遠の虚構よ。
朝まで続け。


「貴様のこと、が、」



・・・・・・その瞬間、鳴海は、十二時を過ぎた時計を、握りつぶした。






***************************************************************
嘘日に嘘をつけない雷堂が書きたかったんです♪
雷堂視点で書けばよかったかなー。





2008.4.xx