「黒色ってね。夏の日差しを避けるのに、一番いい色らしいよ」
「・・・・・・」
「でも幾ら黒くても、日傘は持ち方に注意しないと意味がないから気を付けなきゃいけないんだって」
「それで? 俺を抱くのは何事だ」
「暑さ対策」
鳴海は犬のように、べっと舌を出した。
膝の上には黒猫を。
左手で其の塊と自身を団扇で仰ぎ、毛並みを撫でる右手は時折、首もとのシャツをばたばたさせる。
ゴウトは、ちらりと瞼を上げたが、すぐに億劫だといわんばかりに目を閉じた。
日差しばっかり強くて、全く風の無い日だ。
腹のあたりが蒸れて暑いのだが、鳴海がおこす上からの風が気持ちよい。
それだけの理由で、此の男の好きにさせている。
考えようによっては扇がせてやっている。
「で、何を企んでいる?」
「んー?」
「日の当たらない部屋で、黒い俺を傍においた所で、意味はなかろう」
「そう?」
「そうだ」
「雪山では素肌で温め合うでしょ? だったら肌と肌をあわせて涼しくなることもできるんじゃない? これ、此の夏の俺の研究」
「・・・・・・当て馬にするなよ・・・・・・」
かぷ、と太腿を甘噛みしてやった。
「只今、帰りました」
熱気の籠もった探偵社に涼しげな声が広がった。
「おがえりぃぃい」
「何ですか、その溶けそうな声・・・・・・」
ぴたりとライドウが、止まった。
日焼けなど露程知らぬ其の白肌が、みるみる内に赤くなり、どす黒くなる。
「何をしているのですか貴方方は」
『はぁ?』
「ぼ、僕のいない所でそ、そんな事を・・・・・・!」
どもるライドウに、ゴウトは最悪の事態を知った。
今の自分達の姿を想像するに、ゴウトは鳴海の太腿に気だるく懐いているし(太腿まで噛んだ)、鳴海は着崩れた風である。
邪な視線で見れば、妖しい関係この上ない。
「ラ、ライドウ、これはだな」
「問答無用!」
ゴウトは、野生の勘で横に飛んだ。
一拍おいて、先まで座っていた椅子が真っ二つになる。
「あ、危ないじゃないライドウちゃん」
鳴海も無事逃げたか。
ほっとしたのも束の間。
「逃がしはしません」
葛葉刀が唸り、鳴海のベストがはらりと散った。
「・・・・・・う、そ」
「丁度今し方、刀を鍛え直してきましてね」
うっとりと微笑む書生。
遠巻きに見るには、嬉しいものだが。
「試し切り、して差し上げます」
『厭だぁあああああ!』
轟音。
轟音。
また轟音。
辛うじて刀を避ける一人と一匹は、猛然と走りながら口々に罵り合う。
「鳴海! 貴様のせいだぞ! 貴様がライドウを挑発するような事を企むから!」
「知ってて乗ってきたのは、ゴウトにゃんの方でしょうがー!?」
「俺は涼んでいただけだ!」
「嘘つきー! 『俺を当て馬にするな』って云ってたじゃん!!!?」
「忠告だ阿呆! つーか涼しければ俺はよかったんだよ!」
「ひっどーい! 俺を弄んだんだ!」
「人聞きの悪い事を・・・・・・!」
「二人はそのような関係だったのですか・・・・・・」
『お前、ライドウを煽るんじゃない!』
ずばっと、すぐ後ろで何かが斬られる音がし、追われる者は更なる速さに挑戦する。
ゴウトは汗で肌に張り付く毛並みに苛立ち、鳴海は透けてきたシャツに、ちょっとえろいよなぁと思いながら疾走する。
どちらにしろ、必殺の一撃を
『暑い!!!』
避ける。
『暑い!!!』
避ける。
『暑い~!!!』
たまに反撃。
合唱しながら、死のマラソンを続ける。
結局の所、暑さで倒れるまで追いかけっこは続き、気がつけば鳴海とゴウトは縛られて床に転がされていて。
「さぁ。説明してもらいましょうか?」
蝋燭をぽたぽた垂らしながら、にっこりする十四代目に、あれ程望んでいた冷気をぞくぞくと感じたのだった。
2007.8.23
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