次も。
其の次の時も。
鳴海の精を受ける時は、必ず傍に彼の箱があった。
勿論、其れは喋ることもなく。
触れさえしてこない。
ただ其処に在るだけなのに。
視姦されているような興奮を覚えた。
勘違いなのはわかっている。
だが、どうにもその妄想が止まらない。
我がかけた呪いをまたいつ身に受けるかわからない恐怖かもしれないが、それすら背筋を淫らに這う。
いつからこのような愚かしい考えを持つようになったのか。

どうしてあのような呪いにしてしまったのか。

『箱の持ち主以外が触った場合、その後、最初に放った言葉に無条件で従い続けること』

まともな状況なら、いや触るなといわれている箱に触るような状況は、まともではないが。
せめて鳴海がまともな思考の持ち主なら、
「動くな!」
とか
「其の箱を渡せ」
とか云うだろうに。
よりにもよって、
「なぁ、もう一回やらせろよ雷堂」
嗚呼もう最悪だ。

「おい。簡単に気絶するんじゃないよ」
頬を叩かれて、雷堂は我に返る。
途端、吐き気と鈍痛に襲われた。
「・・・・・・いい加減にしろ・・・・・・っ」
起き上がると、腰をぐっと掴まれる。
下になっていた鳴海が、そのまま動くものだから。
「いい声だすね」
「・・・・・・云うなっ・・・・・・あぁ!」
そのまま放っては、気を失い、すぐに起こされ、また放つことを繰り返す。
何度もそんな日を繰り返した。



ある日、探偵社に帰ると鳴海がいなかった。
ほっとして、ソファに座り込んだ。
よかった。今日は、あの責め苦を味わわなくていい。
弱々しく溜息を吐いて、雷堂はぎくりとした。
無い。
応接室に置いていた彼の箱が。
手放したのか・・・・・・?
微かな希望を抱きながら探偵社の部屋という部屋を探し回った。
無い。
本当に無い。
最後の部屋を探し終えて、雷堂は笑った。
漸く、解放されたのだ!
あのおぞましい呪いから!
喜びと昨晩の疲れで、体が軽くなり次いでどっと重くなった。
今日は早めに寝よう。
久しぶりに彼の男が彼の箱が無い、夜を堪能しよう。
軽く興奮しながら夜着に着替え、掛布団を捲った。
「・・・・・・・・・・・・っ!」
雷堂は声なき声で叫んだ。
何故、彼の箱が此処にあるのだ!
あれだけ探しても無かったのに!
まさか、枕と見間違えていたのか!?
そんな、莫迦な!
あまりの驚愕に、息が苦しくなった。
黒光りする毒蛾の如き金粉をまぶした其の箱が。
雷堂の視線と四肢を捕らえる。
彼の男に従え。狂宴を続けろと命令する。
もう厭だ。
逃れようとして、雷堂は漸く腰が抜けているのに気がついた。
糞っ! 何たるふがいなさか!
一ミリでも其処から離れたくて、体を揺らした瞬間、またもや雷堂は絶望した。
前が硬くなっている。

刷り込みと極度の興奮からなる生理的な反応だったが、そんなことは最早どうでもよかった。
自覚してしまった以上、これをどうにかしないことには、何も始まらない。
ごくりと喉を鳴らして、おそるおそる右手を伸ばしていった。
なさけない。
恥ずかしい。
けれど止まらない。
本当の呪いは、此の頭の中にあったのだ。
我慢できなくなった理性は、疾うの昔に崩壊していたのだ。
彼の箱を見た時から。
いや、彼の男に遭った時から。

朦朧としながら、左手を箱に伸ばした。
お前は、我なのか・・・・・・。
あと一センチという所で、不意に箱が消えた。
「何で俺を呼ばないかねぇ」
其れは拒絶したかった声。
いや。
ずっと「望んでいた」声。
擦る手は止めずに、雷堂は彼を見上げた。
「此れに触っちゃ駄目でしょう?」
「あっ・・・・・・」

―――・・・・・・からん。

嗚呼、箱には本当に「何」かが入っていたのか。
雷堂の手の届かない場所に置かれた黒い物は、もう一度、笑うように音を立てた。
「そういえば、呪いってまだ有効なのかな」

意地悪い口元が、ねっとりと言葉を紡ぐ。

『俺の声でいけよ』


墜落する意識に、雷堂は絶望の中、ほくそ笑んだ。
嗚呼、世界の果てはある意味心地よい、と。




箱の中身は、当分知りたくない。









こんな手に引っかかるか?
鳴海は袖口の小さな箱が飛び出さないように、上着ごと椅子に放った。
間抜けな音が、空間に響く。
既に蕩けている雷堂には、聞こえなかったようだ。
聡いようで抜けている。
まだまだ彼奴も子供だ。
「この中身は、まだまだ教えられねぇな」
一気に貫いて、白い首に噛みついた。

金の装飾よりも。
約束を守りきることよりも。
禁をおかすことの方が、たまらなく魅力的だ。
奈落など無縁の少年すら、この深みに嵌らせてしまう。
俺の闇を、お前も味わえ。
「まだまだ楽しませてくれねぇとな」
くすくすと嗤いながら、魅惑の箱を少年の足の間に置いた。





此処に置いておくおからね

お前に護って欲しいんだ 此の箱
 



                             
      2007.8.01