机の下で足をぶらぶらさせる。
 何だか尻がこそばゆい。
 それというのも、最近、新しく増えた住人のせいで。
 一人だけでくつろいでいた空間に、誰かが入り込むのは、落ち着かないものだろう?
 無口で無愛想な少年と、せめてもう少しお近づきになりたいなぁと画策してみるのだが、空振りが多い。

「ライドウ君、ご飯作れる?」
 今日も、何とか会話をしてみるが。
「・・・・・・」
 聞こえなかったのかな、と戸惑っていると、漸く少年は頷いた。
 田舎育ちとは聞いてるけど。
 んー、ぎこちないなぁ。
 ぽりぽりと頭を掻いた。




「えーと・・・・・・」
 目の前に置かれた料理に、鳴海は固まった。
「これは何?」
「煮物、です」
「それは、わかるんだけど」
 何で、馬鈴薯と蜜柑を一緒に煮てるのかな。
「此のたれ黒いけど、何使ったの?」
 汚泥みたいな臭いがするんだけど。
「味噌・・・・・・」
 ぼそっと呟く少年に、ちょっとほっとした。
 味噌でこんな臭いがするのはおかしいぞ、と言う理性はおいといて。
 ・・・・・・素直に味噌汁つくったらよかったのにねぇ。(蜜柑は抜きで)
 ネギとわかめをつつきながら、苦笑した。
 不器用なのかな。此の仔。
 そう言えば昨日も・・・・・・と、思い当たる節があって、一見、冷たい無機物のように見える少年が可愛く見えた。
 が、次の言葉で粉々にそれも砕けた。 
「味噌と醤油と手当たり次第・・・・・・液体と粉の全てを入れてみました」
「全部!?」
「・・・・・・はぁ」
「珈琲とかハーブもあったんだけど!?」
「・・・・・・ハブ?」
 駄目だ。
 此の仔、駄目すぎる。
「食べないのですか」
「無理だよ!!!」
 そう叫びたかったが、あまりに素直な瞳に、言葉に詰まって、おそるおそる口に運んだ。
 その瞬間、俺は確かに勇者だった。
 
 強烈な味を覚悟していたが、調味料同士でうまみを殺し合ったのか、あまり味はしなかった。
 一口で胸焼けを起こす破壊力はあったが・・・・・・。
 というか、何で此奴平気な顔で食べてるんだろ?
 心底ぞっとした。

 もう一つ気になることがあった。
 此の料理、火をつかった筈なのに、やけに冷たいのだ。
「ライドウ君、普段はどんなご飯、食べてるの?」
「保存食が中心ですね。時間がかかりませんし」
「火を使った料理は?」
「あまり作りませんし、食べません。熱いと火傷するでしょう? それに臭いがすると、敵に気づかれますから」
 さらりと出た言葉に、やっぱりなと鳴海は思った。

 此の少年は、日常が戦場だったのだ。
 命の取り合い。一言で言うのは簡単だがーーー。

 葛葉という特殊な里から帝都守護などという名目で此処に来た以上、腕が立つのだろうなとは思っていた。
 助手が来る、と聞いた時は、使えない奴だったら追い出してやれとも思った。
 だが、気負うことなく刀や銃を所持しているのを見て、此方が震えそうになった。
 少年は素人ではない。
 血曇りのない白い肌にだまされそうになるが、たとえ骸を見て、此の顔は恐怖に歪まないだろう。
 
 過酷な環境が育てた守護者。
 
 そして、鳴海が見ようとしているのは、対象の味覚音痴で猫舌の件だ。
 猫舌は、普段の食生活にも起因するのだそうだ。
 日常、冷たい食事ばかり取っている者が、温かいご飯を急に食べろといわれてもできないだろう。
 敵に見つかるかもしれない恐怖。命を長らえさせる為の食事。
 独りだけの時間。
 楽しいなどという感情が、其処にうまれる筈もない。
 温かいスープすら飲めない少年に、何とも言えない感情が芽生えた。 

 ほっとけない。
 浮かんできた言葉に、鳴海自身、戸惑った。

 戦場なら、自分だって体験した。
 それなのに、同情とは少し違う、何らかの波が、自分を翻弄している。
 捨てることの多かった自分が、こんな感情を抱くなんて。
 
 匙の向こうに、ぼんやりと濁った空白が揺れる。
 

「御菓子です」


 重たそうな音が、机に広がる。
「好きな物を盛り合わせてみました」
 ごろり、と不気味に皿の上で転がるデザート(仮)。
 熟考に熟考を重ねた結果、胃の調子が悪いから、と断った。
 何となく、少年がしょんぼりしたような気がした。
 気のせいじゃなかったらいいんだけど。
 形のいい尻に垂れた尻尾を想像しながら、鳴海は思った。
  
 他にも、ちょっと嬉しかったことがある。
 初めて食べたと言っていた、俺があげたチョコレートと大学芋。
 それが、さっきのデザートに混じっていた。
 
 うまく、いってるのかな? 俺たち。
 うまく、いけそうなのかな。
 な。ライドウ君。
 いや、俺の助手、ライドウ。




 ーーーガチャーン! ぱり~ん。

 何にしろ、皿洗いから教えようと思う。

「ライドウ、それちょっと貸してみろ」

 重い腰を上げて、華奢なグラスを指さす。
 無表情の中にちらつく感情達。
 何だ。年相応の顔もするんだ。

 おずおずと隣をあける素直さに、何だかくすぐったくなった。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花より美しい此の少年。
 料理も花にたとえられるように。
 何より俺好みに、しつけてみますか。


 


 





                             
      2009.2.05