油断していた。
 
 いや、油断しているつもりはなかったのだが、繰り返される出来事に、どこかで安心し信用していたのだろう。
 恐らく、十四代目も。


「ライドウちゃん、これ好きやろ。あげるわ」

この一言が、夜を招く……。







黒白合せ鏡







 煌煌と灯る銀座の夜は、星の光を弾いた。

 今宵は新月。
 この街に群がる悪魔は、次々とライドウの前に現れ、葛葉刀の輝きを増していく。
 お前は悪魔を狂わす満月だな、とゴウトは内心呟き、ライドウの肩に跳び乗った。
 と、急に足場が揺れ、ゴウトは慌てて地面へ降り立った。
「ライドウ?」
「・・・・・・はい」
「怪我でもしたか」
 ちらりと学生服を見たが、損傷は見あたらない。
 そのまま視線を上げて、ゴウトは驚いた。
 ライドウが頬を染め、荒い息を吐いていたのだ。
 普段なら、汗一つかかない涼しげな顔が。
 ぞくっとしたゴウトは、近づいてくる美貌に慌てて後退する。
 
「ライドウちゃん!」

 ふらりと蹌踉めいたライドウを、サティが支える。
「嗚呼、やっぱり若い子には刺激が強かったんかいな」
「・・・・・・どういうことだ」
 幾分、凄みを込めてゴウトは問いただす。びくりと肩を震わせた仲魔は、おずおずと口を開けた。
「さっきの戦闘な。二回続けてやったやろ?」
「あぁ」
「その時にな。おばちゃん、ちょっと強くなって、ライドウちゃんにこれあげたんよ」
 宙から取り出したるは、悪魔を魅了する炎の酒。
「呑んだのか未成年」
 悪魔用のアルコールを。
「ライドウちゃん好きやと思うて」
 止めろよ、と思ったが、ゴウトはふと気づいたことを口にした。
「・・・・・・確かその前に、回復薬を飲んでいたな」
「牛黄丹を三つか四つ」
「・・・・・・自業自得だ」
 おろおろする仲魔に、ゴウトは冷静に突っ込んだ。

 牛黄丹に加え、銘酒ほむらの飲用。
 どちらか一方だけでも、普通の人間なら正常ではいられない。
 幼少から毒や妙薬への耐性のついているライドウだから、これまで強い薬を服用しても平気だったのだろうが、流石に過多の刺激に身体が悲鳴を上げたらしかった。
「悪酔いだな」
「熱い・・・・・・」
 がくっと膝を折るライドウを、ゴウトは励ました。
「ライドウ! あのビルまで走れ!」
 サティが、出現した悪魔達を業火で阻んでいる間に、ゴウトは先導する。
 仲魔も機転を利かせ、扉の鍵を開け、中へ召還師を招く。
「ライドウ!」
 ゴウトの声に、ライドウは背後から得物を振り下ろしてきた悪魔を、振り向きもせずに斬り捨てる。
 だが、そこまでだった。
 自分の攻撃の衝撃を吸収できず、たたらを踏み、倒れる。
 ライドウの背後で、重々しい音がした。
 倒した敵の身体が、運良くも扉を閉め、外部からの進入を遮断したのであった。




「まさか、こんな時に来るとはな」
 闇と静寂の中で、ゴウトの声だけが明瞭に響く。
 客席数は百ほどだろうか。
 演技者も観客もおらず、ただ侵入者の為だけに席を開ける、キネマ。
 使命だ異界だ修験界だと、凡そ同年代の少年とかけ離れた生活をしているライドウが、まさか休日ではなく、今この時に訪れることになろうとは・・・・・・。
 ゴウトは油断なく目を光らせたが、埃と人の残り香が鼻をつくだけで、館内に自分達以外の気配はない。
 暫くは、ここで潜伏するか。
「サティ、『飛行』で周辺を見張ってくれ」
「はい……」
 項垂れる仲魔に、ゴウトは視線を寄せる。
「心配するな。この程度で、ライドウは死なん」
 揺れる焔に、睦言のように囁きかける。
「お前だけが頼りだ。俺の身体は今はこの通りだが……従ってくれるか?」
「……ライドウ様
 遠い日の記憶に眩しそうに目を細める仲魔に、初代は低く笑ってみせた。







 外套を払い、胸元を見つめる。
 ゴウトは唇を寄せ、ライドウの胸から管を一つ抜き取った。
 正座こそできなかったが、ゴウトは居住まいを正し、管を床に置く。
 小さな口から紡がれた呪に反応し、そこから光が漏れた。
 己の瞳のような翠。
 だが、包み込むような優しさと希望に満ちているそれ。
 半分ほど管を引き抜いたところで、ゴウトは違う呪に切り替える。
「お前の力、借りるぞ」
 悪魔の軋むような声に驚喜を感じ、ゴウトは久方ぶりに召還師の笑みを浮かべる。
 すると銀灰の輝きが、ゴウトを包んだ。
 竜巻のように螺旋を描きながら、愛撫するようにその毛並みに絡む。
 少しずつ収束していき、黒い両手に氷の粒子が集まり、ゴウトはぺろりと唇を舐めた。

 管に封印された銀氷属の力を、一時的に借りたのだ。
 肩慣らしに旋風を起こし、ライドウを客席へと運ぶ。
 ・・・・・・俺もまだまだ捨てたものではないな。
 ひらりと膝に跳び乗り、ライドウを見つめた。
 本来なら、ゴウトドウジが力をふるうことは禁じられている。
 目付役の枠内を越えるなという戒めであり、罰でもある。
 ゴウトもそれに準じてきてはいたが。
「……知るか」
 あっさり掟などねじ伏せて、ライドウの素肌に触れた。







 ゴウトは、冷えた手でライドウを撫でた。
 初めは寒さに、体毛がざわざわしてならなかったが、マグネタイトで掌を保護し、事無きを得た。
 脇腹を暫く冷やした後、どうにか前をはだけさす。
 ままならない猫の手に、こんなことだったらサティに任せればよかったと溜息を吐いた。
 だってそうだろう?
 これでは、俺が好き好んで後継者を脱がしているようではないか。
 牙と爪で、釦を外す己の姿は、まるで手込めにしているようではないか?
 
 ・・・・・・普段なら、ライドウがゴウトの身体を無遠慮に触ってくる。
 今日は、不可抗力とはいえ、ゴウトがライドウを・・・・・・。
「ちっ……」
 ゴウトは頭を振って、邪念を払う。
 どうも、十四代目のこととなると自分の思考がおかしくなる……。



 額に始まり、瞼、頬、口角を辿って、顎の雫を冷却した。
 喉を通り、胸を掠めれば、そこは緩くたちあがった。
「・・・・・・」
 そのまま腰のラインを撫でやり、臍までいったところで、流石にためらう。

「・・・・・・ゴウト?」

 うっすらと双眸を開けたライドウに、はっとした。

「ライドウ!」
「ゴウト・・・・・・」
「どうだ? 少しはましか!?」
「・・・・・・ゴウト」
 ライドウは、またもすっと目を閉じる。
 ゴウトが呼びかけても、譫言のようにゴウト、ゴウトと呼び意識を混濁させる。
 その後、身体の火照りは取ってやったが、どうにも治まらないところが残った。


「・・・・・・後から文句を云っても知らないからな」


 ゴウトは歯でジッパーを引き下げ、そっと舌を這わせた。
 既に反応していたものは、それだけで歓喜に震える。
 熱い舌と冷たい手での、真逆の愛撫。
 毛むくじゃらの掌と柔らかい肉球で緩急をつければ、ほんのりと肢体が上気する。
「さっきまでの俺の苦労がなぁ……」
 苦笑して、ゴウトは仕方ない奴だと追い上げてやる。
 猫じゃらしを追うように無邪気に、だが丁寧に戯れる。
 少しの興奮と本能と、理性。
 食い千切らないように、震える先端に歯を立ててやれば

「・・・・・・ゴウト」

 呑みきれなかった飛沫がゴウトを彩る。
 荒く息を吐いた少年は、潤んだ双眸に正気と色気を混ぜている。
 熱に浮かされたぼんやりとした視線に、一瞬見惚れれば、汗ばんだ腕に閉じこめられる。
 ライドウは毛繕いをするように、まだらになったゴウトをぺろぺろと舐めた。
「ゴウトの味だ」
 微笑む少年に、ゴウトは複雑な顔をした。
「・・・・・・お前の、だろ」
「ゴウトと僕の匂い・・・・・・」
 黒い毛並みに鼻を押しつける少年に、ゴウトは呆れて嘆息した。
「お前、猫みたいだな」
「なってもいいな。黒か白に」
 ゴウトはちょっと想像して
「ならんでいい」
「そうしたら、もっと傍にいられるかな」
「・・・・・・さぁな」
「もう、同じ匂いにはなってるけどね」
「・・・・・・」

「ゴウトは……」
 ふとライドウがゴウトの身体を持ち上げる。
「僕に欲情した?」
「……糞餓鬼」
 ゴウトを含もうとした書生を、思いっきり引っ掻いてやった。






 黒猫を追い回し、暴れたライドウは、立ちくらみを起こして座席で眠っている。

 今度は蒼白になった後継者に、こいつがゴウトドウジになっても猫の身体だけは与えないようにしようと堅く誓い、ここからどうやって脱出しようかとゴウトは唸ったのだった。

















 ★部屋開設当初から考えていた禁断のゴウライエロSSをお届けします。
 何がやばいって、描写じゃなくて猫との以下略ですよ。
 色々問題がね、ほら、ね、え?、はい、あの、楽しかったです(白状)
 まーた人様に引かれるんだろうな! 覚悟の上です! 怒られたら謝り倒すけど(弱!)
 いかんな、これでは梶浦が変態のようではないですか(自覚nothing)
 まぁ、やっていることは18禁までいかないから、い い か?(泳ぐ目)

 ライドウが猫なら、ゴウトは今よりももっと大変かも。
 一人の散歩も、独り寝もままならない★ 危険だ危険! 
 今回のコメントは、多くを語らずにおこう(笑)

 読んで下さった方、ありがとうございました!
 
                                         2006.7.16