がた、と手応えのあったドアノブに、顔をしかめた。
 矢張り、開かない。
 こちらでも、そうなるのか。
 雷堂は、「鳴海探偵社」の扉に凭れ、溜息を吐いた。






 あの時のように多聞天に行き、雷堂は空を見上げた。
 今日は、厭になるほど晴れている。
「業斗よ」
「何だ」
「来ると思うか?」
 謎かけのような言葉に、業斗は、ちらりと雷堂を仰ぎ見る。
「賭けるか?」
「業斗との賭けに、勝った試しがない」
「手加減して欲しいか?」
「―――いや」
「そうだろう。俺は、お前の望まないことはしないさ」
 雷堂は、ちょっと眼を見張り、業斗を見つめた。
 しかし、黒猫はそれ以上、言及することは無かった。
 雷堂も、やがて門の方に眼を遣り、暫し沈黙した。

「まるで、あべこべだな」
「ん?」
「前は・・・・・・我が、影法師を此所で迎えた。しかし、この世界では影法師である筈の『我』が、先に此所へ着いてしまった」
「・・・・・・」
「此所は、我の知らぬ帝都なのか・・・・・・」

 ぽつりぽつりと漏らす雷堂に、業斗は何か言いかけたが、ふと何かに気づいたかのように、喉を鳴らした。

「そうでもないようだぞ」
「・・・・・・どういう」
 意味だ、と言葉に出す前に、雷堂も、「それ」に気づいた。



 ちっちっちっちっ。



 そう遠くない距離から舌打ちが聞こえてくる。

 ちっちっちっちっ。

 雷堂は、何となくむかっとした。
 我が猫ならば、そんな呼ばれ方をしても決して振り返らないぞ。

 ちっちっちっちっ。

「雷堂。呼んでいるぞ」
「・・・・・・」

 ちっちっちっちっ・・・・・・ちっ。


 発信元が沈黙し、今度は猫じゃらしを取り出す。
 そして、

 ちっちっちっちっ。


 ・・・・・・我慢の限界だ。

「何をしている、影法師」

 雷堂の冷ややかな視線に、細かな舌打ちが止まり、代わりにその唇に微笑が浮かぶ。

「拾おうかな、と」
「は?」
「迷子の仔猫ちゃんを」
「・・・・・・」
「刀など無粋な物はお捨てなさい。仔猫ちゃん」
「斬る!」

「雷堂!」

 びくっと、身体が静止する。
「刀を収めろ」
「・・・・・・業斗が云うならば」

「相変わらず、血気盛んですね」
 刀を握る代わりに、腕を組み、わざと雷堂は、鼻を鳴らす。
「貴様は、性格が悪い」
「愛している証拠です」
 渋い顔をした雷堂に、再び影法師と呼ばれた少年は、うっとりと近づく。

「お還りなさい」

「我の住み処は、此所ではない」
「僕の元に、お還りなさい」
「・・・・・・莫迦め」
「今夜からは、貴方の影法師に惑わされることはない」

 我の幻を追う程、身を焦がしていたのだろうか。
 雷堂の沈黙に、ライドウは、笑った。

「お還りなさいの接吻けは?」

 微かに眼を閉じて待つ書生が、片手で猫じゃらしを、ふりふりする。

 
 雷堂は静かに上段から攻撃をし。
 幻と重なっていた少年は、綺麗に笑って、己を取り戻し・・・・・・


 逸らした刀ごと、抱きしめ。



 唇と唇で、互いの影法師を斬った。





                                   2006.11.7