花散里
ライドウは泣かない。
鳴海がどんなに快楽を与えても。
ただの一度も涙を流さない。
高く啼き、蜜をしとどに零しても。
頑ななまでに、時に苛立たしいほど。
それもまた愛しいのだが。
「あのねぇライドウ。我慢すると余計にしんどいよ? もうちょっと俺に預けてみてよ」
「・・・・・・っ」
必死に悲鳴を噛み殺すライドウの股間を吸い上げ、鳴海は笑う。
「俺が嫌い?」
「そ、んなことは・・・・・・っ」
ちろちろと先端を舐めてやると、ライドウの身体が跳ねた。
また、睫毛を濡らす雫は溢れない。
荒く息をする少年の耳の傍で、口に含んだ白濁をごくりと呑み込み、鈍く光る舌で耳を嬲る。
「今日も手加減はしないからね?」
「率直に云います。ライドウと別れなさい」
突然呼び出され、開口一番に発せられた命令に、鳴海はきょとんとした。
「え、八咫ちゃんたらいつから保護者になったの」
「ちゃんづけはやめなさい」
「そう云われるとますます云いたくなるんだよねぇ。八咫ちゃん」
「・・・・・・わたしを怒らせようとしても無駄ですよ」
「あらら、いい女は勘も鋭いねぇ」
とぼける鳴海に使者はたじろがない。
「調べはついているのですよ、鳴海所長。あなたがライドウによからぬことをしているとね」
「ふぅん・・・・・・どこかにお喋り猫がいたかな?」
鳴海はニヤリと笑う。
「あなたは葛葉の人間ではない。立ち入るのはおよしなさい」
「そうだよ。だから?」
「・・・・・・」
「別に聞き逃した訳じゃないよ。そんな理由で引き下がるほど俺も半端な気持ちじゃないってこと。俺に諦めさせるには、その理由は弱いんだよね。仮に俺が遊びでライドウに手を出したとしてもよ? 俺を消して俺の事務所をなくすと『支部』を一つ失うことになるよ?」
手すりに腰かけ、鳴海は首を傾げる。
「使者がそんなに出張っていいのかな」
「脅すつもりですか」
「まさか。やだなぁ怒らなくても」
鳴海の露悪な笑みに、使者の冷静さがひび割れていく。
そこを鳴海は容赦なく、揺さぶり畳み掛ける。
「そんなに息子が気になるの?」
「どこでそんな!」
「与太話をってか? そんなに大声を出すと、嘘も本当になるぜ」
くっくっくっ、と厭らしく笑いながら、鳴海は細い頤を見た。
・・・・・・惚れた相手のことは、よく見ている。
その人がいなくても、影を追ってしまうのは惚れた弱みで。
その俺が、初歩的なことをわからないはずがないだろう?
実母ってことはなくても、家系図に乗るくらいには血は近いだろう。
だとすれば、あの線の細さ、肌のきめ細やかで白いことは一族の遺伝なのだろうか。
「ライドウは俺のもんだよ。十四代目って肩書きの葛葉はあんたらの傘下だけどな」
暗がりに、煙草の焔がちかりと灯る。
「ライドウもさぁ、使命に差し障るまで無体なことはしていないと思うよ。 むしろ構ってもらえなくて、俺が寂しいくらい」
「大事な人ができると云うことは、弱みを増やすことです」
淡々と告げた使者に、殺意にも似た激情が、鳴海の目に宿る。
「帝都を守護するライドウに、今さらそんなことを云うのか」
どれだけあの少年を追い詰め、重責を負わせれば気が済む!?
怒気が漏れたのはほんの一瞬だったが、使者を黙らせ、また鳴海自身冷静になる余裕も与えた。
殊更ゆっくり紫煙を立ち上らせる。
「あいつは抱えすぎだよ。それを止めろって云う権利は俺にはない。だけどねぇ、飛ばなきゃ生きていけない鳥だって、枝に止まるんだ。その場所を、どこに求めようがそれはお前達の関与するところじゃないね」
「あなたならできると?」
「嫌なら排除してみるかい? ・・・・・・いつものように」
合うはずのない視線が、硬質な音を立てる。
互いにねじ伏せることができず、さりとて引くこともできない。
牽制しつつ、踏み込まず、攻撃の手を変えるしかない。
先に唇を開いたのは・・・・・・。
「あなたが、もし敵に捕らえられたり、もし操られでもすれば、十四代目の重荷になります」
そう来たか、と鳴海は苦笑する。
「・・・・・・そうだねぇ。自分が傷だらけになっても、ライドウは俺を救おうとするかもしれない。でも、帝都と俺を天秤にかけるとしたら、まぁ俺を殺すだろうさ」
鳴海は淡々と告げる。
―――これもまた戦いだ。
「それでいい。いいんだよ、それで」
訪れた沈黙に、ふとよからぬことを思った。
「俺がいなくなったら、あいつは泣くかなぁ」
目を閉じると、浮かぶのは、あの瞳、あの唇、そしてまだ見ぬ・・・・・・。
・・・・・・散る花のために流す涙は、いかほどに美しいだろうか。
「俺が見られない涙のために、俺はあいつといるのかもね」
それは、鳴海がライドウに執着し、執着させるための引水。
ライドウを鳴海という土地に引きずり込む毒水。
花散里が無くなった時、彼の少年は生ある限りその地に縛られ自らの水で根を張り続ける。
自らが花散里になるとも知らずに。
嗚呼。なんと、麗(うるわ)しく愛(うるわ)しく自虐的で恍惚とすることか。
鳴海は、うっとりとして目を開ける。
「俺が見られないのが残念だけど、それも醍醐味かな」
飄々と語る鳴海に、使者は拍子抜けしたようだった。
「あなた変態ですね」
「うわ、自分が云われるとは思ってなかった」
今度こそ呆れの溜息を吐き、次いで使者は居住まいを正す。
「軽口は叩けるうちに叩いておくとよいでしょう。葛葉を掻き回して、長く生きられるとは思わないことです」
「あらら、厳しい公認宣言ですこと・・・・・・」
茫漠とした笑みで鳴海は星空を見上げ、いつもの笑顔に戻った。
「まぁ、生き残ってみせるけどね。二人で長く大正に居続けるさ」
恋情を抱えているにしては濃すぎる諦観に、使者は眉を潜めた。
「あなたは本当に十四代目を・・・・・・」
珍しくためらう口ぶりに、男は黙して語らない。
影を務める者にも読み切れぬ虚無。
異界送りをする者は、異界の地を踏めぬ。
しかし時折、目の前の男のような瞳に、異界を見るのだ。
去りゆく背を見送りながら、使者は十四代目もこの異界に呑まれたのだろうかと、ふと思った。
悪の権現、八咫烏の使者 vs 腹黒探偵でした。
ふっふっふ。登場人物の性格変わってますね。いつものことながら(遠い目)
自分設定も甚だしく、しかも面白くないものを書いてしまいました・・・・・・。中途半端やしのぉ。
単に八咫烏の使者を虐めたかっただけかもしれません(笑)高潔(?)な人をとことんからかうのが好きですからね!(鬼畜)
使者を主人公の母親設定にしようかと思ったのですが、あまりにドロドロな人間模様で、それ以上に管理人が書いてて嫌なのでやめました。あ、でも、あの称号のネーミングセンスは親馬鹿もしくは馬鹿親チックかもv きっと彼女(?)も十四代目にメロメロなのさ!(笑)
鳴海さんは、何か受臭がするような気がして、でも攻で露悪的なところが書きたくて、性格が破綻しました(泣)すみません鳴海さんと鳴海さんのファンの皆様!
でも、ちょっと楽し・・・・・・!(出たよサドの血が)
でも、鳴海さんマゾっぽいな!(管理人は違いますよv)
ど、読了ありがとうございました!(逃)
2006.6.7