「儂を傅かせるとはな」
 高らかに笑うと、蝿の王は管に自らを埋没させた。
 ライドウの肩にずしりと重みが加わる。
 強い仲魔と契約を結んだ瞬間、身体が悲鳴を上げるのだ。
 手に入れた力故の恍惚と誇り、急激な負荷のために。
 一つ深呼吸して、ライドウは全てを受け入れた。
 
 ヴィクトルの嬉々とした声を背に、業魔殿を後にする。
 しかしいつもなら自分の後に続く足音がせず、ライドウは振り返った。
「ゴウト?」
「・・・・・・嗚呼、すまん。ぼんやりしていた」
 慌てて駆け寄ってきたゴウトは、何故か憔悴していて。
「おい、早く行くぞ」
 ライドウを追い越した黒猫の姿に、理由を聞きそびれたのだった。








「鳴海さんゴウトを知りませんか?」
「んん~、ゴウト? 知らないなぁ。猫じゃらしでも振ってみれば」
 マッチ棒から目を離さない所長に、ライドウは無言で自室に戻った。

 業魔殿から帰った後、少し目を離した隙にゴウトがいなくなったのだ。
 時折ふらりと散歩に出ることもあったから今度もその類だと思ったのだが、とっぷりと日が暮れた今も、ゴウトは帰ってこない。
 軽く溜息を吐いてライドウは寝台に倒れ込んだ。その時



「おい、俺を無視か?」



 窓から皮肉気な声が降り注いだ。
 
「ゴウ・・・・・・!?」
 がばっと起き上がったライドウは、そのまま固まった。
 てっきりそこには黒い毛並みがあると思っていたから。
 だが窓の桟に腰掛けている者は、人の形をとっていた。 
 声の出ないライドウに、「彼」はにやりと笑った。
「おいおい、四六時中一緒にいる奴の名前を忘れたのか」
 悪戯っぽくライドウを見る瞳は紛れもない翡翠。
 月光すら従えるライドウが恋い焦がれて止まない輝き。

「ライドウ様・・・・・・?」

 擦れた声に、初代はうっとりと瞳を閉じる。
「懐かしい響きだ。・・・・・・まさかもう一度、呼ばれる日が来るとはな」
 緩く開かれた瞼は、濃い睫毛と前髪に彩られていて。
 ライドウは、ぶるりと震えた。








「どうやら俺とお前は同調するらしい」
 組んだ脚に頬杖をついて初代は笑う。
 初代を前に緊張しているのか、ライドウは借りてきた猫のように直立している。
 いつにない初初しさに、男は楽しくてたまらない。
 機嫌がよい次いでに、種明かしと洒落込む。
「お前が強い悪魔と契約する度に、俺のマグネタイトが増幅し、流れが不安定になるようだ。今まではそれでも制御できていたが、流石にベルセブブ程の力を手に入れた影響は猫の身体には耐えきれなくてな。落ち着くまで、人の身体をもらってきたのだよ」
 爺と八咫烏の使者の卒倒しそうな顔をお前にも見せてやりたかったと、屈託なく笑う。
「まぁお前が帝都を守護する限り、俺は翻弄されるということかな」
「・・・・・・」
「笑うな」
 笑み崩れるライドウに、ふんと鼻を鳴らし「勘違いするな」と釘を刺す。
「こんなのは一時的なものだ。俺が平静を保っていたら何てことはない」
「でも貴方は・・・・・・」

「俺を狂わせるのは俺自身さ」

 音もなく床に下り、初代は寝台に横になる。
 ライドウの横たわる空間はない。
「お前は余所で寝ろ」
「ここは僕の部屋です」
「お前がいると落ち着かない。わかるだろう?」
「嬉しい・・・・・・」
「阿呆。あまり興奮するな。マグネタイトが・・・・・・」

「愛しています」

 一瞬目を見開いた男は、耐えきれないように笑い、唇に皮肉を貼り付ける。
「愛? あまり興味はないな」
 愛も恋も腐るほど捧げ、捧げられてきたからこそ思う。
 むしろ愛などいらないと囁く唇を奪い、蕩かす方が好きだ。
 ・・・・・・その方がぞくぞくするだろう?

 ぎしり、と寝台が鳴った。
「では貴方を愛しません」
「・・・・・・ふん?」
「貴方に狂うだけだ」
 愛よりも甘い中毒。
 身を起こした男に、ライドウは四つん這いになって覗き込む。
 人になった初代の代わりに、自らが猫になったとでも錯覚しているのだろうか。
「僕では狂いませんか?」
 従順な瞳。
 触れず、僅かな空気越しに恭しく口吻、微かに漏らす吐息で十四代目は初代を愛撫する。
 ・・・・・・聞き分けが悪い奴だな。
 だが、少年の予測不可能な頑固さと色気に、内心舌舐りをする。
「・・・・・・試してみろと?」
 初代の冷え切った視線が、ライドウの上着の釦を上からなぞっていく。
 ライドウの手が吸い寄せられるように布地にかかる。
 初代の目が留まる度に、ライドウは操られる。
 淡く光るような肌が現れたが、それでもまだ初代は動かない。

「ライドウ様・・・・・・」
 這わせようと近づいた舌を初代は掬い上げて、噛みついた。
「悪餓鬼」
 歪める唇で、自分も青臭い餓鬼のように首筋に噛みついた。
 白い柔肌に、紅い雫が滲む。
 加減などしてやるものか。
「貴方は、僕に狂う」
「言霊か?」
「僕は疾うに狂っている・・・・・・」
 自ら受け入れて、ライドウは苦痛と快楽に顔を歪ませる。
「お前如きに俺が抑えられるのか」
 荒々しく嬲ってやれば、うっとりとした吐息が。
「・・・・・・壊して下さい」
「殺すぞ?」
「本望です」
 初代は、ふと今宵の月の形が気になった。
「帝都を守護することは貴方に狂うこと。貴方に狂うことは葛葉ライドウであり続けること」
 これほどの幸福があるでしょうか、と。
 あたかも清廉な顔に、狂喜が浮かぶ。
「俺がお前を亡き者にすれば、お前は不幸になるんじゃないか?」
 滴る雫を堰き止めると、ライドウは苦しげに首を振る。
 悲鳴を噛み殺そうとするライドウを赦さず、男は更なる快楽を与える。
 射精してもおかしくないほどの蜜を零し、組み敷かれた少年はそれでも微笑む。
「貴方が僕の代わりに帝都を守護することになったら、それはそれで素敵です」
「何故だ?」
「貴方が任務に失敗した時、説教ができるでしょう?」
 涼しげに笑う後継者に、男は呆れ、爆笑する。

「おいライドウ」
「はい」
「今日だけはお前に従ってやるよ」
 感極まって白濁を散らしたライドウは、うっとりと初代の耳に囁く。

「えぇ。僕に狂い罪を重ねて下さい・・・・・・ゴウトドウジ?」
「・・・・・・! この餓鬼!」
 




 ライドウは日が昇るまで啼き声しか上げさせてもらえなかった。
 
 それが功を奏したのか、探偵事務所に美形が増えたと、暫く近所の噂になった。











 「反(アンチ)恋愛中毒」
 初ライで し た。
 ほほほ肩慣らしで初代を書いてみようと思ったら、ぐだぐだになってしまいました(泣笑)ちょっとサドの入った受っぽい初代がよかったのになぁ・・・・・・。凄いバカップル。
 あぁ初代好きなのに! 初ライは愛しているのに、この気持ちを上手く伝えられないよ! くそっ! 初ライ三拍子!(壊)
 本当に初代は難しいです・・・・・・。もう一つ書き進めているのですが中々、ね。だからこそ深みに嵌るのかも? ライドウも、うん、書きにくい。暴走するからどこまでドクターストップ(自主規制)すればいいのかわからないし。はい、梶浦も壊れてます(笑)
 ・・・・・・初代はね、きっと恋愛遍歴やその手のことを腐る程経験してて、少々のことにはびくともしないのですよ(妄想)ライドウちゃんが好き好きビーム出しても(ゴウトの時はいざ知らず)さらりと流しちゃうのですよ(ド妄想)でも、結局ライドウといちゃいちゃしちゃうのですよ!(超妄想)
 あ、あの! ライドウ様がゴウトに戻れなくなったのは、お腰を痛めたとか高齢だからとかいう理由じゃありませんからね!? 人に戻った初代の外見は、美形の若い男性ですからね!?(ド変態)


 次はもっと素敵な初ライが書きたいなぁ。頑張ります!
 読了ありがとうございました!
      


                                          2006.7.03