「ゴウト! 僕と一緒に死んで下さい!」
「うおっ!?」
 実戦さながらに振り下ろされた刀。避けられたのは、ゴウトドウジでも僥倖であった。
「何のまねだ!」
 必死に逃げて、ゴウトは窓枠に飛来する。
「僕は、ゴウトが好きだ!」
「あー」
 知っている、というのも馬鹿らしくて曖昧に頷く。
「烏になったゴウトも確かにいい! だけど僕は猫のゴウトが好きなんだ!」
「それは・・・・・・どうも有り難う?」
「だから一度、その身体から離れてもらって、新しい躰に乗り移ってください!」
「無茶云うな!」
「大丈夫。僕も、一緒ですから」
 かちあった視線は、自分が餓鬼なら一目惚れしたかもな、と思ったほどの・・・・・・。
 熱すぎる好意と、恋の狂気が混じって潤んだ瞳。
 色素の薄いそれに、刃の白が映し出される。
「お願いします」
 ぴたりと喉元に突きつけられたそれが陽光に煌めき、器にしている躰ゆえに動けなくなった。
 俺、ピーンチ。
「一つ忠告しておく」
「何ですか、奥さん」
「え!? 俺が下!?」
「うるさいな。ちゃっちゃと話してくださいよ」
 お前、性格変わってるぞ。
「あ、あぁ。話というのは他でもない。俺の躰なんだが」
「ふふふ、もう、一人の躰ではありませんから気をつけましょうね♪」
「怖! いや、そもそも産めないとか・・・・・・あーもういい。云っておくが、仮に俺達が死んだとしても、直ぐに躰が与えられるとは限らんぞ」
「え?」
 よし、食いついたぞ! と、ゴウトは内心、拳を握る。
 平静を装いながら。
 こちらが、がっついていると、向こうはつけあがるからな。
 慎重に冷静に。
「それどころか、俺の意識が暫く戻らないかもしれん。魂は、繊細だからな。下手をすれば数年、いや、数百年後になるやもしれん」

「そうなると、お前に逢えないな」
「そ、んな」
 絶望に、ライドウは片膝をつく。

 ふっ。勝った。
 これぞ無血開城。
 

 ちょん、とライドウの肩に乗って、ゴウトは視線を送った。
 涙でうるうるしている瞳に、微苦笑で応じる。
「・・・・・・そんなに落ち込むなよ。俺まで落ち込むだろうが」
「ゴウトォ・・・・・・何で烏になったんだ?」
 姿を現した時は、あんなに懐いてきたのに、今はどこか冷たい視線のライドウ。
 幾分、丸くなった・・・・・・しかし変わらぬ翡翠の輝きに、問いかける。
「猫のままでよかったじゃないか」
「俺は俺なのにか?」
 楽しそうにゴウトがもみあげを咥え、肩をつつく。
「異界での調査が一緒にできないだろうし」
「あん?」
「夜も、勿論駄目だろう?」
「・・・・・・お前、鳥目の心配をしているのか」
 呆れて、羽を膨らませた。
「あのな。俺は腐っても葛葉だ。普通の鳥獣とはわけが違うんだよ。何より、俺の体内には、マグネタイトが渦巻いている。昼夜なんて関係ないさ」
 目を閉じたまま、室内を旋回してみせる。
「な。俺は器を選ばない」
 ライドウは、じっとその様を見ていたが、やがて渋々頷いた。
 幾分いじけた唇で、これからも宜しくお願いいたします、と。



 
 夜になり、いつものようにライドウはゴウトを寝床に引きずり込もうとした。
「痛っ」
「勝手に触るな」
 烏は、縄張り意識が強いと聞いたことがある。
 かぁと威嚇するゴウトに、ライドウは唇を尖らした。
「それなら、ゴウトの縄張りに僕を入れて」
「あん?」
「ゴウトの愛の巣に、僕を入れてよ」
「お前、つくづく阿呆だな」
 空を滑り、ライドウの襟元に降り立つ優雅さは、以前のしなやかさを彷彿とさせる。
「さっさと寝ろ。明日も早いぞ」
「・・・・・・ぃ」
「今なんて・・・・・・うわっ!」
 無理矢理、寝床に引きずり込まれて、ゴウトは狼狽える。
「ふっふっふっ。やっぱりそうでしたか」
「は?」
「貴方、猫の時よりも視力が落ちていますよ」
 ゴウトは明後日の方向を向いた。
「知らんな」
「・・・・・・お休みなさい」

 くすくす笑うライドウの隈を見て、今日だけは、素直に抱かれてやる。
 易々と寝返りを打てないのは、難点だが。

 閉まっている窓の、見えない星々に願う。
 早く、猫の器が見つかりますように、と。




 うとうとしかけたゴウトの耳に、ライドウの独り言が聞こえた。

「ふぅ。いいことと云えば、寝込みを楽に襲えることくらいか」

 呟くライドウの耳元で、思い切り鳴いてやった。




                                    
2006.9.13