ライドウは隣町に買い出しに来ていた。
 今日は、この町の商店街で特売があるのだ。

 里からの援助があるとはいえ、毎日の食費は莫迦にならない。
 しかも、鳴海はいいものを食べたがるし、家計は毎月、何故か火の車になる。
 修行時代は、買い物、ましてや値切ることなんてしたこともなかったので、ライドウは、少し躊躇いつつも帝都の生活に新鮮味を感じていた。

 美貌の少年が、大根を選んだり、甘味を眺める様は、雑草の中で艶やかに咲く薔薇のような違和感があり、店内にいる者は、思わず視線を向けてしまう。
 にこりと微笑まれると、つい、店の者はおまけをしてしまい、近所の主婦は助言と菓子を渡し、ついでにその日常を探ろうと口を大いに動かす。
 ライドウは、特に自分の顔に興味はなかったが、親切にしてくれる人々に感謝していた。
 昨日も、買い物ついでの会話の中で、耳よりの話を聴いて、ライドウは使命の帰りに、初めて違う店へと立ち寄ってみたのだ。
 丁度、その時、タイムセェルに当たったらしく、ライドウも思わず駆け寄った。流石に、主婦の猛攻をかわすのは至難の業だったが、何とか目的の品は手に入れられた。

 戦いの後、我に返ったらしい主婦が、話しかけてきた。
 曰く、何処から来たのか。
 家族の手伝いか。
 彼の店の何々がいいのよ、と。

 曲がり角まで喋り続けた主婦は、相槌を打っていたライドウから、ふと目線を外し、小さく悲鳴を上げた。
 
「嫌だ。黒猫!」

 さっと前方を走り去った猫に、顔を顰める。 

「黒猫が前を通ると不幸になるんだよ」
「―――貴方は不幸になったのですか」
 ひやりとした声に、主婦は振り返り、ぞっとした。
 
 おかしい。
 この少年の瞳は、こんなに昏い色をしていただろうか。
 一文字の唇は、こんなにも紅かっただろうか。
 何故、無表情だった顔に、笑みが、浮かんで。
 遙か上から闇のような少年に覗き込まれて、思わず悲鳴を上げた。

「お母さん?」

 後ろからの声に、全力で振り向き、転がるように駆け寄った。
「助けて!」
「はぁ?」
「あ、あの書生、が!」
「何処よ」
「え?」
 恐る恐る振り返れば、通りには誰もいなかった。








「待った?」
「厭。問題ない」
 二つ向こうの曲がり角で、ライドウはゴウトと合流した。
「お前なぁ、民間人を怖がらせてどうする」
「だって、ゴウトを悪く云うのだもの」
「あれが普通の反応だ。気にしていないさ」
 護る者を見誤るな、とゴウトは諭す。

 先まで一緒にいた人陰を、ちらりと見て、ライドウは踵を返す。
 無事に家路に着いたならば、そこからは家族の領域だろう。
 ライドウが護るのは、帝都全般であって、家庭の中ではない。
 守護する者が家路に着いたならば。
 そこからは、家族が護ればいい。
 
 伸びる影に、ライドウは買い物袋をぶらぶらさせる。
 とことこと後ろを着いてくるゴウトを、手ぶらな方の横へ促し、一緒に歩いた。
 

「ねぇ・・・・・・ゴウトは僕を不幸にするのか?」
「真顔で訊くなよ・・・・・・。して欲しいのか?」
「ゴウトがくれるものなら何でも欲しい」
「憎しみでもか」
「全て欲しいよ」
 狼狽える気配に、ライドウは微笑む。
「ゴウトが僕を思う度、僕はゴウトを手に入れることができるだろう?」
「幻想だな」
「そうかな?」
「ああ。お前は、まだまだ甘い」
「ゴウトだけに、甘えたいな」
「俺はお前を甘やかさない」
「僕はゴウトに甘える」
「鼬ごっこだ」
「ゴウトは、甘やかさない為に僕を牽制する。僕はゴウトを捕まえる為に、甘え続ける。狩をしているようだね」
「それなら一生片思いだな」
「・・・・・・一生傍にいてくれる?」
「阿呆」
「貴方の前なら、それでいい」

 思わず灰の眼を仰いだゴウトは、固まった。
 陰る陽のせいで、その瞳は見えなかった。
 だが、やや開かれた唇の描線。
 見えない筈の視線。
 不意に変じた毒のある甘い気配に、隙をつかれて。
 近づいてきた吐息を避けることができず。
「・・・・・・っ」
 ひょいっと躰を持ち上げられたと思えば、胸の前で抱きしめられた。

「今日は僕の勝ちかな」
「卑怯だぞ! 降ろせ降ろせ!」
「敗者は、ただ受け入れるのみ」
 ゴウトを胸に抱いたまま歩き出した書生に、ゴウトは見上げて食って掛かる。
「負けてないぞ! ちょっ、そんなにきつく抱きしめるな! 管が当たって痛いんだよ!」
「愛は痛いらしいですよ」
「嘘つけ! 今、適当に云っただろう!」
「嗚呼、爪を立てないで。・・・・・・そうか、恋は痛いものなのか」
「噛んでやる!」
「どうぞ」
 くすくすと笑う十四代目に、ひとしきり唸った後、ゴウトは、首筋を殊更痛痒くなるように、噛んでやった。
「甘えんぼうなんだから」
「俺は甘えていない」
「僕だけに甘えなさい」

 僕がゴウトを護る、と云う代わりに、ライドウは幸せそうに呟いた。











                                   2006.10.13