ライドウの寝方が変わった。
 背中越しに巻き付いてきた腕に、そっと指を這わせて、雷堂も寝たふりをする。
 原因は、わかりすぎていた。

 使命はこなすものの、ライドウも雷堂も、以前の精彩を欠いていた。
 まるでこうなることがわかっていたのか、葛葉の上層部は淡々としていて、新しい目付を手配しておきましょうなどと云う。
 無用です、と云える筈も、云う気力もなく、雷堂は退出したのだが、ライドウは相当に暴れたらしい。
 一時は、十四代目の座も危うくなったと聞いたが・・・・・・怪しいものだ、と雷堂は思った。
 我には、解る。
 ライドウ以上に、十四代目に相応しい者など存在しない。
 ライドウ以外に、ライドウを継げる者がいるとも、いたとも思えない。
 彼が帝都を護ることは、名への異常なまでの執着であり、思慕であり、目付役との接点でもあったのだから、今さらライドウが十四代目を放棄するとは考えられない。
 喪った者を取り戻す術があるならば、帝都を滅ぼすことはあるかもしれないが。
 葛葉の長老達も・・・・・・目付を蘇生して欲しかったら使命を果たせと云えばいいものを。
 云わないのは、それが不可能なのか、他の打算があるからなのか。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・どうでもいい。
 少なくとも、今は、興味がない。

 雷堂は、自由な右手を眺めて、あの毛並みの感触を思い出す。
 せめて、送り出す前に、抱きしめておけばよかった。
 雷堂は、その手で顔を覆い、絞り出すようにして御名を囁いた。


 喪ったものの重みが、一緒だとは思わない。
 例え同じ状況、同じ時に、同じものを失ったとしても。
 この痛みは、自分にしかわからず、共感できても、自分だけのもので。
 何処かでその空漠を慰めて欲しいと願いながら、触れて欲しくないとも思う。その感情すら、いなくなった者の甘やかな記憶として、宝物のように閉じこめ、愛でていたい。
 虚しく哀しすぎることとわかっていながらも。



 愛しくて。
 消えたあの者が、愛しすぎて。
 想いを解放してやることも、自分から離れることもできなかった。
 あの手を離した罪責に、潰されようとも、もう彼の何物をも放したくないから。
 この痛みすら、あの者との繋がりなのだから。



 だから、何も云わない。
 思い出として語るには、疵は深すぎ、心は強くない。


 極めて近い存在である、自分達であるのに、あたかも慰めあっているかのように抱きしめるだけ。

 似て非なる存在を喪った者同士、ただ、夢と記憶に縋り付き。

 判っていながら目を背けていた彼の喪失に、
 堪えきれなくなって漸く、愛しい者の名を呼んだ。








「おはようございます」
「あぁ」
 
 昨夜、あの人の夢を見ました。
 ふわりと微笑む書生は、どこか儚く危うい。
 雷堂は、ライドウになった夢を見たが、告げることはなかった。
 
「今夜も、一緒に寝ていいですか」
「・・・・・・あぁ」
 寝台に座っていた雷堂は、ライドウを招く。



 今宵は、雷堂も細い身体を手繰り寄せるだろう。














 本日、漸く目付役を抱きしめて寝ることに成功した十四代目は、満身創痍で満足気に笑った。
「明日も、こうして寝ましょうね」
「明日の保障はない。いや、明日が来るかさえわからないからな」
 ふて腐れた目付は、せめてもの抵抗で、そっぽを向く。
「枯れた発想ですね」
 一言に、高速で振り返る。
「何!? 俺はまだまだ現役だぞ」
「今日、ここで実践してくださいますか?」
「・・・・・・いい。おいこら、撫でるな」
「・・・・・・この爪の痛みが、いつしか快楽へと」
「目玉を刳り貫くぞ」
「それはちょっと厭だな」
「早く寝ろ」
「いつになったら僕は、貴方のお嫁さんになれるのかなぁ」
「安心しろ。絶対ないから」
「『明日の保障はない』・・・・・・でしょ?」
「・・・・・・前向きだな」

 静寂が二人を包む。

「なぁ十四代目」
「はい」
「俺は、お前より先に、死ぬかもしれん」
 僕の方が早いかもしれません、という言葉は、二つの翡翠に呑み込まれた。
「それでも、お前は死んではならん。後追いなどするものではないぞ」
 厭だ、と云いたかった。
「お前は、俺が認めた、葛葉ライドウなのだから」
「俺の分まで生きろ、とは云ってくださらないのですね」
 それならば、楽になれるのに。
「また、逢えますか」
「・・・・・・」
「保障は、ないのですね」

 目付は、不意の浮遊感を感じた。
 夜着の合わせと向かい合っていたのに、今度は、美しい灰青の瞳と見つめ合う。

 その瞬間、瞳の奥底で捕らえられたような感覚になって
「・・・・・・っ」
 黒い躰は、射精するように震えた。
 止まらない波を宥めるように、白い頬が寄せられる。
 一層激しくなるそれを吸い込むように、紅い唇が収縮を繰り返す。
 どちらのものかわからなくなった呼吸は、喘ぎのような歪な和音になって、激しさを増す。
 毛の薄い臍を舐められた時、意識していなかった何かがぴくりと動いた。
 だが、弾けてしまうのが惜しくて、らいどう、らいどう、と呼んだ。
 少年も泣きそうな顔になって、ごうと、ごうと、と呼ぶ。

 互いに互いを抱きしめ合って。
 今日は落ち着くまで、このままでいようと囁いた。
 満たされているような、満たされていないような、寂しく優しい波に、強く強く相手を引き寄せながら。

 伝わる鼓動と温度が、自分達は壱つになっているような錯覚を生む。
 同じ心拍数を奏でる微睡みに、幸福を感じながら。
 
 いつしか闇へと包まれた。









                                   2006.10.20



 読了ありがとうございます。
 おかしいな。これギャグの筈だったのに・・・・・・。初め思い付いたのは、ライ様がゴウトの身体をまさぐりつつ「ゴウトのお臍はどこですか~?」と、鼻を埋める話だったんですが、全然違いますね。臍しか共通点ないし。
 十四代目ズは、床を共有しています。で、最初は、背中を向けて寝ていた雷様も、段々ほだされて(?)向かい合って抱きしめ合って寝ることになるのが、この話(え?)

 そして、感応でもしているのか、相手の夢を見ちゃうことがあるようです。雷様は薄々気づいているようですが、まぁただの勘違いかもしれません<オイ
 ライ様はゴウトに諭されていなかったら、身を擲っていたかもなぁと思います。それこそ魂になって、制限なしでゴウトを探していたかもしれません。逢える保障はないけれど、逢えない保障もないから、ということでライ様はギリギリ保っています。ゴウトにゃんが素直に「迎えに来い」とか「会いに来るから」とか云えたらよかったのですが、うーんここでは云わせてあげられませんでした。
 何でこんなに説明するのかと申しますと、筆力のなさをフォローするためだったり(汗)世の作家さんには、「文だけで感じ取ってもらえれば説明や後書きなんていらん」と豪語される方もいらっしゃいますが、梶浦も、ある意味賛成ですが・・・・・・自分の文でそこまでは言えません。言い切れるような文章を書きたいと鋭意努力中ではありますが、今は無理っす! うぅ萌語りでもあるんで、お許しを(土下座)
 後は、射精しないエロが書きたかったという不純な動機を言ってしまえ~! と、開き直ったわけであります! はい、墓穴。
 そそそれでは、次の話で逢えることを願って・・・・・・。