「何をしているのだ?」
「話しかけないで」
「まぁ、そう云うな」
お気に入りの椅子で正座している変態に、ゴウトはのそりと近づく。
ぎゅっと目を閉じ、眉間に皺を寄せて、うんうん唸る様は、昼寝の邪魔なのだ。
もちろん、此方もオトナなので、そんな風には云わない。
「我慢してるなら行けばいいだろう」
「はぁ?」
「厠」
「違うって!」
「では、何だ」
沈黙。
粘っていると、鳴海の方が根負けした。
「・・・・・・今、俺、ライドウ絶ちしてんの」
「ライドウ絶ち?」
「ほら。願いが叶うまで、一番好きなものを絶つってやつ。
俺、それ、頑張ってるから。
暫く、ライドウのこと見るのやめるんだ」
「・・・・・・」
静かな部屋に、皿洗いの音が転がってくる。
ーーー同じ事務所に住んでて、そういうこと言うなんて。
「莫迦だなぁ」
「ん? 何か云った?」
「別に」
「そ」
眉間に指を当てて、唸る男。
「で。何願ってるんだ?」
「それ云っちゃったら、叶わないんだって!」
「我が聞いたのは、こっそり猫に教えたら早く叶うって咄だ」
「話します話します。よく聞いといてね」
名前変更。単純莫迦。
「実はね・・・・・・」
「と、云うわけで、俺、暫く戻らないから!」
コォトまで引っ張り出して、肩にかける。
「じゃっ!」
気持ちいい音をたてて閉められるドアー。
洗い物を終えたライドウが、漸く此方に顔を出した。
「何かあったのですか?」
「ちょっと旅に出てくるらしいぞ」
くあ、と欠伸して丸くなる。
「どうしたのでしょうか。鳴海さん」
「ライドウ」
「・・・・・・はい?」
何も知らない無垢な少年に、黒猫は、ちょっと胸をしめつけられた。
嗚呼、我があいつの毒牙にかからないように見ておかないと。
「あ。もしかして」
気づいてしまったか?
「鳴海さんの用事って」
「な、なんだ」
「借金返済?」
「そんなことあるわけ・・・・・・」
空っぽの引き出しを指してライドウは首を傾げる。
「あ! 我のへそくりー!?」
「あ。それ、ゴウトのだったのですか」
「え! お前、知ってたのか!?」
「鳴海さんがちょくちょく使ってたので、てっきり・・・・・・」
「な・ん・だ・と?」
胸の中にどす黒い気持ちが沸き上がってくる。
「鳴海!」
どん、と床を蹴る。
「今すぐ帰ってこいぃいいいいいぃぃぃ・・・・・・」
独り残されたライドウは、首を傾げる。
「一体、何だったのでしょう」
フリルのついたエプロンをたたみ、仲魔に「どう思う?」と顔を近づける。
「さまなぁ・・・・・・」
「ん?」
「ひるね・・・」
「ーーーそうだね」
招かれた尻尾のままに、仲魔の躰にもたれかかる。
いつものゴウトの定位置に。
自然と唇が綻ぶ。
たまには、事件の原因が帰ってくるまで待ってみようか。
だって、此の毛並みはふかふかで。
気持ちよかったので。
とろとろと溶けていく瞼の裏で、指に触れた和毛を、きゅっと握った。
2008.1.8
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