一度目の挿入で、服は使い物にならなくなり。
 二度目か三度目の交わりで、興奮した鳴海がストッキングを歯で引き裂いた。
 半端に残った爪先部分は、上から舐められ、噛まれ、獣が肉を引きちぎるようにして脱がされた。
 全裸になったのはいつなのか、記憶にない。
 随分長い間、なけなしの理性で短いスカァトが動きの邪魔だなと思っていたから―――鳴海が脱ぐことを許さなかった―――つい先程の出来事だろう。

「・・・・・・もう」
 雷堂は呟く。
「もういいだろう・・・・・・」
 名残惜しそうに這い回る手を、百鬼夜行の後よりも重たい腕を伸ばし、掴んだ。
 代わりに後ろから抱きしめられて、逃れるように首を逸らす。
 と、手を引っ張られて向かい合う体勢になる。
 ちゃり、と鳴った音に、不快感が募る。
「鍵は」
「ねぇよ」
「嘘を云うな。さっさと出せ」
「さっき散々出したから、時間かかるけど」
「・・・・・・っ。違うだろう! 手錠の鍵だ!」
「だから無いって」
 ニヤニヤといやらしく笑う鳴海。
 雷堂は、すっと眼を細め、男にゆったりとのし掛かった。
「何?」
「・・・・・・」
 気だるげに鳴海のうなじを撫で、髪を掻き回す。
 白い指を、つつつと動かして、男の腰を滑り、体重を掛ける。
 ギシッとソファが啼き、雷堂は硬い感触を探り当てる。
「嘘つきめ」
 そう云って、座面の内側に張り付けてあった小さな鍵を鳴海の前でかざしてみせる。
「嘘ついて、なんぼでしょ」
「本命に逃げられるぞ」
 硬質な音。
 金属から解放されて、雷堂は手首をさする。
 幾つもの紅い筋と痛痒。
 まだ何か束縛されているような錯覚に陥り、馬鹿馬鹿しいと手を放し、雷堂は立ち上がる。
 すっと立ったつもりだが、一瞬目眩がした。
 糞。鍛錬が足りぬ。

 ふと窓から酔っぱらいの声が聞こえてきた。
 まさか、ずっと開け放しだったのか!?
 愕然として外を見遣り、紅と青のまだらに顔色を変えながら、慌てて身に纏う物を探す。
 ・・・・・・せめて下衣だけでも!
 明々と灯された室内を暗くし、泣きそうになりながら下腹部を布で覆った。
「隠さなくてもいいのに」
「五月蠅い」
「濡れ濡れなのに、着るんだ」
「裸でふらつくなど・・・・・・破廉恥極まりない!」
「さっきしたことの方が、よっぽど破廉恥じゃねぇの? 女装までして?」
「黙れ!」
 雷堂は大喝した。
 前屈みになってスカァトの裾を押さえながら。
 何という情けない姿か。
「我に厭がらせをして、そんなに楽しかったか!? 滑稽か!? もういいだろう・・・・・・。我は、十二分に身に染みた」
 そうだ。
 鳴海の言など聞かなければよかった。
 女装・騒音・猥褻物陳列。
 世間に顔向けできぬ失態だ。
 そもそも此の男の引き籠もり、不健康な生活態度は、今に始まったことではない。
 それを過大に心配し、賭けまでして直そうとしたのが間違いだった。
 嗚呼。下衣がごわごわして気持ち悪い。
 雷堂はぐっと唇を噛み、怒気を抑え、静かに語った。
「今回は、我の責任もある。だから両成敗としよう。互いに水に流そう」
「よがってた癖に」

 反論しようとして雷堂は口を噤んだ。
 乱暴に扉を閉めて、叫びたい衝動を堪えた。
 云いたかったことは、口内に消えた。










「いい加減にせんか、鳴海」

 あれから一週間。
「いつまで探偵社に引き籠もるつもりだ」
 久しぶりに、雷堂は鳴海に話しかけた。
「理由は云わなくてもいい。だが、昼行灯も程々にしておけ」
 鳴海の様子がおかしいと思ってから、二週間。
 結局、雷堂が破廉恥な格好をした時を除いて、鳴海が活発に行動したことはなかった。

「一日中怠惰な貴様を心配して、わざわざご婦人が駆けつけて下さったぞ」

 上がりかけた癖のある髪は、重力に屈した。

雷堂が、女の子になったら起きる
「は?」
「前みたいにさ・・・・・・」
 萎む声に、雷堂は付き合いきれぬと背中を向けた。
 矢張り、此の男に深く入り込まない方がいいのか。
「・・・・・・待てよ」
「断る」
「待てって!」
 息が出来ない程、強く抱きしめられて雷堂は抵抗した。
「放せ!」
 両腕をふりほどこうと、身を捩り肘を叩き込む。
 緩みすらしたが、鳴海の拘束は解けなかった。
 
「放してくれ・・・・・・」
 怒鳴っても懇願しても、鳴海は黙ったままだ。
 背後から抱きすくめられて、雷堂は泣きそうになった。

 此の男を完全否定できない。
 縋られると手を振り払うことはできるが、無視することは出来ない。

 ―――金輪際、貴様にはとやかく云わぬ。だから、好きにすればいい。
 ―――だから、我にも構うな。

 あの時云えなかった諦観の言葉が、今日も云えない。

 ・・・・・・見えない手錠は、まだ我を繋いでいて。
 鍵は我と鳴海が持っていて。
 だが、其れを無くす術を我は忘れてしまった。
 
「鳴海・・・・・・二週間前に何かあったのか」
 硬い掌が、動揺に震えた。
「いきなり、その、我に女装しろだなどと」
 其の前は、女になれと云っていたか。
 沈黙は重く長く、時は明朗な答えを導いてくれない。
 雷堂は黙秘を貫く鳴海に、こっそり読心術をかけてみた。
 子供じみた仕返しのつまりだったのだが。

『二週間前は、遊郭で、その・・・・・・勃たなくてよ』
「・・・・・・」
 赤裸々な声に、続きを聞くべきか迷う。
『日を改めても駄目でな。滅多にそんなことねぇし、発狂しそうになった。でも、何故か雷堂には反応したんだよな』
「・・・・・・」
『あ、俺、インポが治った!? と思って遊郭にリベンジしたらやっぱり勃たなくて、本気で死ぬかと思ったぜ』
 秘かに外出していたのか。駄目男。
『で、今、また此奴を見たらむらむらっとするだろ? まさか・・・・・・』

「我にだけ、勃つのか?」
「・・・・・・へっ? ・・・・・・お前、俺の心を読んだのか!?」
 腹に衝撃がきた。
「済まぬ」
 もう一度、腹に。
「二度とせぬ」
 顔を殴られ、雷堂は地を這った。
 鳴海は怒りに眼をぎらつかせ、馬乗りになってくる。
 覚悟して見つめれば。
 衝撃がきた。
 ただし、唇の上に柔らかい感触が。

「・・・・・・責任とれよ」
 低く擦れた声が、雷堂を驚かせる。
「お前のせいだよ。お前にしか躰が反応しなくなったんだよ。理由は聞くな。自分で探せ。解ったら云ってみろ。お前の云うことを一つだけ聞いてやるよ」
「絶対に云わぬし、女装など二度とせぬ」
「ははっ」
「だが、『たまには仕事をしろ』」
「聞く気はねぇぜ?」
「では従え」
 首筋を舐めていた鳴海は、一瞬動きを止める。
 雷堂は、妖しく笑いながら「貴様も自分で考えろ」と鳴海を押し返す。
 探るように見つめてくる瞳に、そうだ、少しは、反省するといいと睨む。
 先に我の気を引いたのは、其方なのだ。
 せいぜいお前も悩んで、我を視ればいい。
 ふらふらと白粉の匂いに、欲望を誤魔化すのではなく。
 貴様が我にしか勃たなくなった意味を、お前と我の中に見いだせ。
 
 我は、知りたいと思ってしまった。
 無粋な手を使おうとも。淫らな行為をしてでも。
 此の男の闇を。

 ならば鳴海は・・・・・・?

 股間に近づき、雷堂は舌を伸ばした。










 月日は流れ、アラカナ回廊で未来を見た。
 一瞬過ぎった映像の中に、気になる対象があった。
 其れを言葉に置き換えるなら。
 婦警、と云ったところか。

 
 過去も見た。
 いつの時代も争いは、あった。

 黒い生き物を、眼で追う我がいた。


 全てを見終わった後、人間の行く果てが想像できるような気がした。
 だが、人間が想像できることは起こり得るということだ。

 我は、帝都を護りたい。
 十四代目葛葉雷堂の名にかけて。









 帰社をすれば、いつもの鳴海がいた。
 煙草をふかせて、禄に仕事もせず。
 あれから二人の関係は、変わったのだろうか・・・・・・。
 ただ、無愛想ながらに鳴海は「お帰り」と云い、紅茶を注いでくれた。
 ラヂオでは明日は晴れだと云っていたが、きっと雨か嵐になるだろう。
 だが、此の男が、もし気まぐれに、真っ当な用事で外出するならば祈るくらいはしてもいい。
 我が護るべき帝都には、お前もいるのだから。





 翌日、数日分の掃き掃除をしていると、鳴海の机の下から黒い物が出てきた。
 手にとってみると、あの日あの時、鳴海に脱がされたストッキングの切れ端で。
 雷堂は瞬時に顔色を変え、焔で滅却した。

 忌むべき歴史が、繰り返されぬように。









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11111のキリリクでした。
ひとみさまリクエストをありがとうございました!
「雷堂受18禁女装小説」の項目はクリア出来たでしょうか?

内容は、矢張り土下座もの! うをを何じゃこりゃ!?
変態プレイは楽しかったけど(笑)前後が長くて申し訳ない!
読むのが大変でした!<お前がか!

今回は、女装がキーポイントで、どんな格好をさせようかとニヤニヤしておりました。
メイドも捨てがたいし、遊郭は基本だし(<え?)、パーラーでウェイトレスの格好? 
お色気解禁! 脳内で着せ替えしてる時が一番楽しかったですv

で、結果はミニスカポリス! 今は、いらっしゃらないのかなぁ。
とにもかくにも、「自発的に雷堂さんに褌を脱いでもらう」計画が成功して、感無量v

当初の予定では、アラカナ回廊で婦警さんを見た雷堂さんが、欲望に果てはなく未来に通じるのか、と呆然とし、叫ぶギャグオチでした。
結果は、うーんまぁ鳴海のことは知りたいんだけど、女装はもう厭だってとこかな(笑)
もっと甘甘なオチにしようかと思ったんですが、積載量オーバー!

 
 最後に見つけたストッキングは、爪先部分です。
 所長が食い千切った所(笑)
 其の時の記憶は、はっきりしているので、赤面しちゃうわけです。はい。
 
 雷堂が着た軍服の上衣は、鳴海のお下がりでもいいな。
 輪っぱ(手錠)は、何処から失敬したんでしょうね(笑)
 どこかの刑事が青くなったり、それを探偵がからかったりしても面白いな。
 現実世界では大問題ですがね。

 鳴海氏は、例の症状? を完治させるかもしれません。
 暴れん●将軍だから!
 で、また遊郭ですよ。竜宮ですよ。
 いや、治らなくても鼻の下は伸ばしに行くのでしょうが(笑)
 歴史は繰り返す~♪<折角の「いい人」オチが台無し。


 楽しく書かせて頂きましたv
 少しでも萌えて頂ければ幸いですv


 ひとみさま、素敵なリクを本当に本当にありがとうございました!
 拙作ではありますが、捧げさせて頂きます♪








                             
      2007.3.10