「もう女は懲り懲りだ」
傾きかけた気だるい陽に紫煙を吐きかけ、鳴海は呟いた。
「命がいくらあってもたりねぇ。男の殺意より女の殺意の方が厄介だ。もう女はいいや」
「じゃあ何であたしの所に来るのよ」
「お前は別」
視線を女の肌に戻し、鳴海は笑んだ。
「割り切って俺と付き合ってるだろ?」
「・・・・・・」
「でも中々縁を切れない。賢いけどそういう所が可愛い」
「莫迦だって云いたいんでしょ」
「莫迦にあんな芸当はできない」
暗に先の情事をほのめかす。
「肩が凝らない女だよ。お前は」
「女に手を出す勇気のない玉無しみたいな事云うんじゃないよ」
「・・・・・・口悪いねお前」
「お互い様よ」
拗ねる女を、おやと覗き込んだ。
「旦那とうまくいってないのか?」
「・・・・・・喋りすぎだよ」
伸ばした鳴海の手をぴしゃりと叩き、さっさと支度を始める。
鳴海はまだ何か云い足りなかったのだが、
「あんたもさっさと本命の所に帰りな」
顔に服を投げつけられ、敵わないな、と苦笑した。







「あいつともそろそろ駄目かな」
わざと砂利道を選んで、角を曲がった。
関係を楽しめなくなった母性が、鳴海には鬱陶しくなるのだ。
ぽろりと漏らすようになった不満。
一方でも生活臭がし出したら、もう恋じゃなくなる。
それが遊びであっても。
汝は此の者を愛し続けますか?
ほらな。あの契約になると、恋じゃなくなってる。
そんな長丁場、耐えられないって。
指輪は一生、買いたくない。





もう終点だ。
事務所の扉の前で躊躇した。
あーあ、また日常が始まるのかよ。
蹴った反動で扉を開け、ぶらぶらと中に入った。
と、頬に衝撃が走り、鳴海は訳もわからず蹌踉けた。
「やっと帰っきたか馬鹿者がー!!!」
鼓膜がいてぇよ、と云うのも面倒くさくてぼそぼそ呟いた。
「帰ってやったよ。嬉しいか?」
「喋らなくていいから、さっさと我の服を返せ!!!」
「・・・・・・・・・・・・は?」
漸く雷堂の姿を視て、一気に気分が高揚した。
素肌にエプロン。
犯罪いやいや俺にとっては合法だろ此れは。
「お前、とうとう俺を誘・・・・・・」
「違うわ! 貴様が我の服を全て隠して出て行ったのだろうがー!?」
そういえば、昨日喧嘩した腹いせに、此奴の服を―――どうしたんだっけ?
「あー質屋にいれたんだった」
「はぁ?!」
「お前、取りに行けば?」
真っ青になったり真っ赤になったりする少年が面白い。
嗚呼、そっか。
むしゃくしゃしてたのは、彼の女だけではなかったのか。
「行ける訳なかろうが!? そもそも質屋にいれる奴がいるかー?!」
「うん。俺」
「取ってこい! 貴様が!」
「ところでさぁ」
すいっと雷堂に近づいて、鳴海は腰を抱き寄せる。
「お前、今日一日ずっとこの恰好でいるの?」
「黙れ!」
「使命も果たせず?」
「貴様のせいだろうが!」
自覚は無いだろうが、半泣きになっている雷堂が、何だか可愛く見えた。
「律儀に夕飯は作ったんだ」
「・・・・・・貴様の分は無いぞ」
「嘘吐き」
耳を噛んでやると、鋭い呼気が聞こえた。
いつまでたっても感じやすい奴。
「あの鍋の大きさは、二人前以上だろ?」
「あ、明日の我の食事、だ!」
「はいはい。もうちょっと嘘は上手くなろうな」
いや、ならなくていいんだけど。
胸の尖りを布越しに摘んで、ちょっと考えた。

何だか新婚生活みたいだな、と。
生活臭がしてきたのは、俺もそうなのかもしれないな、と。
それでもこんなに楽しめる相手もいるものだな、と。
「やっぱり俺、当分、女はいいや」

手を窄みに寄せながら、鳴海はうきうきと此の後の事を考えた。















 
                                     2007.8.03