今日は依頼人が多かった。
紳士一人。
家出娘一人。
大家さん・・・・・・は、隠れた。
最後は、起伏の少ない曲線のおばさま。
これみよがしに派手な宝石をつけて、最高級のドレスを身につけて、
けれど顔だけはヴェールで隠している。


「・・・・・・というわけでね、探偵さん。友人の姪を調べて頂きたいの」
すっと机に出されたのは、華やかな笑みを浮かべている若い女性の写真。
適当に相槌を打ちながら、鳴海は内心笑う。
「友人の」と持ち出してくる場合、十中八九、自分の問題だ。
この派手おばさんの娘か姪か。
もしくは息子の婚約相手かもしれないぞ。
「お気持ちはわかります」
「そうでしょう! 嫁入り前の娘が、夜な夜なふらふら出歩くなどもってのほか!!!
夜会だと本人は云っておりますが、怪しいものです! 全くふしだらな!」
革張りのソファをぎしぎしいわせて不平不満を撒き散らす。
曰く、家の者を使っても、いつも途中でまかれてしまうこと。
曰く、いくらたしなめても「退出する機会を掴めなくて」とあっさり謝罪すること。
要するに、姪の何もかもが「気に入らない」らしいのだ。
「姪」の話から「家系自慢」まで辛抱強く聞いたところで、鳴海はやんわりと確認した。
「それでは、調査開始は次の夜会からで宜しいですね?」
「頼みますわよ!」
「それでご相談なんですが、その夜会の招待状を私にも手配してもらえませんか。なるべく詳しく探りたいですから」
「・・・・・・貴方、誘惑する気じゃありませんこと?」
庶民風情が、といういやらしさをたっぷりと塗した視線が来る。
鳴海は爽やかな笑みを浮かべた。
「お嬢さんには、なるべく近づきません。ですが、お嬢さんの噂や親しいご友人の話を聞けたらと思いましてね。
今回のご依頼は、極秘に慎重にということですので、誤情報をお渡ししたくないのですよ」
「それでしたら・・・・・・まぁ」
渋々と頷くご婦人。
もうちょっとだ。頑張れ俺。
「それでは契約書の方にサインを頂けますか」
「それには及ばないわ。・・・・・・あれを」
後半は、背後に向かって発した言葉だ。
ご婦人の強烈なオーラであまり意識していなかったが、控えていた執事が、滑るように移動し、鳴海に袋を渡し、また闇のように下がる。
「それで足りなければ、また仰って」
暫くは家賃に困らないな。
それどころか少々麻雀で負けても、大手振って歩ける額だ。
口止め料込みでも、これはおいしい。
「・・・・・・わかりました。では、お嬢様のお名前を」
「必要ないでしょう」
「・・・・・・はい?」
「私は彼女が遅くに帰る理由が知りたいのです。名前などなくても解るでしょう?」
「・・・・・・お嬢さんの友人に話を聞く機会もあるのですが」
「名前を聞かなくてもできるのではなくって」
不可能じゃないが、そんな阿呆な。
「交友関係は私も把握しておきたいですからね。そこはきっちり押さえて下さいませね」
ははぁ、なるほど。
仕方なく探偵風情に調査するものの、どこから家の醜聞となるかはわからない。
だから、こちらにも情報を極力渡したくないのだろう。
そして、「知るな」と脅しもかけてきている。
で、最大最高の成果をあげろ、と。
わかりはするが、目茶苦茶な。
「貴方は非常に優秀な探偵と聞きました」
「光栄です」
「・・・・・・ですから、お願いしますわよ」
「解りました」

ま、社交界デビュー間もない子供達から話を聞くなんて、容易いだろうし。
何はともあれ、交渉成立。

お渡しするものがあるので、と、鳴海は席を立った。



執事と二人きりになって、ふぅと溜息を吐いた。
「・・・・・・あんな探偵風情に。我が家の恥ですわ。貴方が云わなければ、このような所には来なかったのに・・・・・・」
「奥様」
それまで影のように控えていた若い執事が、たしなめる。
それこそ「執事風情」が、女主人に意見するなどもってのほかだろうが、怒るどころか、
甘い声で「あら」と答えた。
そして、美しい探偵助手が茶器を運んできたところで、もう一度「あら」と笑み崩れた。
「今の、聞こえて?」
「いいえ」
「そう。貴方のお名前は?」
「依頼に必要なことですか」
「え・・・・・・」
ぽかんとした。
「探偵風情の名前など、知らなくていいのではありませんか」
「な、な、な」

怒りと羞恥に真っ赤になった依頼人が、怒鳴り散らす前に
「はいはいはい。ライドウちゃん、どうどうどうどう」
後ろからぎゅっと抱きしめて、助手をなだめた。
「鳴海さん。暑苦しいです」
「お前ね。そういう云い方ないでしょ。済みませんね~奥さん。
こいつ、最近帝都に出てきたばっかりで、言葉遣いがなってないんですよ」
鳴海はにこにこと微笑した。
「俺も困ってましてね~。なんせ、本当の事しか云わなくって」
ご婦人は、むっとしたようだったが、自分の旗色も悪いと思ったのか、
渋々引き下がった。
「・・・・・・では、頼みましたからね」
「えぇ。お任せ下さい」
ぷりぷりと大きなお尻を振りながら、出て行く婦人を、執事が洗練された動きで誘導する。
「俺、見送りしてくるから、ライドウ、御茶片付けといて」
「・・・・・・」
返事も待たず、さっさと階段を下りた。


高級タクシーに乗りこむのを手伝う執事に、さりげなく近づいた。
「俺のことを奥様に紹介してくれたらしいな」
「私が知っている探偵は、貴方だけでしたので」
視線もあわさず、執事は応える。
硬質な声に、鳴海は、笑いながら背後をとった。
「何故、俺に近づいた」
殺気をまとわせた冷たい声で、鳴海は云った。
扉を閉めて、執事は振り向く。
「何のことでしょうか」
「とぼけんなよ。お前の昔の名前を云ってやってもいいんだぜ」
「・・・・・・云った通りです。私が知っている探偵は貴方だけですから。ただ・・・・・・」
「何だ」
「好奇心がわいたのですよ。昔の貴方がどう変わったか、ね」
漸く視線が合う。
表面は澄んでいるのに、底の見えない灰色の目。
「お前、変わってねぇな」
「何のことでしょう」
「何、たくらんでやがる」
「何も」
「嘘つけ」
「貴方に対しては、何もありませんよ。ですから、ポケットの注射器は仕舞っておいて下さいね」
「・・・・・・」
「教えて下さったのは、貴方でしたから」
「内容は?」
「遅効性の毒。効果は終日か、二日後か。私が急に倒れたとしても持病ということで処理されるでしょう」
「根拠は? 俺のことを奥様とやらが疑うかもしれないぜ?」
「若い燕の私と一緒に、こともあろうか身内の恥をさらしに探偵事務所に行っていたなどと誰が云えましょう?」
わかっていて云わせるんですね、と視線が語ってくる。
「その鋭さを、あの方にも見せたら宜しいのに」
「何だそれ」
「私より綺麗な坊やですね。せいぜい可愛がってあげることです」
すっと礼をして、執事も乗り込んだ。


「・・・・・・すげぇ怖いこと云うな」
ライドウを「坊や」扱い。
おまけに、「可愛がってあげる」だと?
そんなこと云ったら俺が殺されるっつうの。
「やっぱ殺しておくべきだったかな」
「誰をです?」
「うっわわわわわわ、ライドウちゃん何時の間に!?」
気配なかったんですけど!
「なななな何でもないから! 独り言だから! 俺、年だし!? えっと、片付け終わった?」
「えぇ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話が続きません。
「帰ろっか」
頷く書生と一緒に階段を上がる。
「さっきはありがとな」
「・・・・・・はい?」
「いやいや、俺が云いたかっただけだから」
「鳴海さん」
「うん?」
扉の前で振り向けば、ぐいっとタイを引っ張られて・・・・・・。

「今日の給金にしてあげます」

こつこつと靴音が去っていく。
静止していた鳴海は、やがて、くつくつと笑った。
「俺は、丸くなったかねぇ?」
ポケットの上から硬いものを触り。
自分も扉をくぐった。













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硬いものイコールやましいものでも、やましいものでなくてもOK(笑)

無意味に長くなってしまいましたが、リハビリ第壱弾ということで。
鳴海さん、あの執事と何かあったんですかね<オイ
オリキャラが妙に出張ったので、次は主役陣にとばしてもらいましょうv





                                   2008.8.15