珍しく寝坊した。
瞼を転がる白い光に、ライドウは眼を開けた。
いつもなら、隣が動く気配で目を覚ますのだがーーー。
「ゴウト・・・・・・?」
茫とした頭で、首を横に向ける。
ライドウは悲鳴をあげた。
いつも「寝坊だ」と小突いてくる曲線は、打ち捨てられた子猫のように、細かく震えていて。
最期のように、儚い呼気で。
口を緩く動かしていて。
「ゴウトーーー!」
掴んだ体は、酷く熱かった。

「風邪ねぇ」
少年の寝台で丸くなっている体を暖めてやりながら、鳴海は、ふむと考えた。
「猫の看病ってわかんないんだけど」
抗議の変わりに、黒猫は、なぁ、と鳴く。
「はいはい。自分は猫じゃないっていうんだろ?」
咳が聞こえた。
「ライドウは、看病の仕方わかるのか?」
「いえ・・・・・・」
重傷の時よりも白く強ばった顔で、ライドウは首を振る。
「お前が病人みたいな顔してるぞ?」
苦笑して肩を叩く鳴海に、どんよりとした声が被さる。
「・・・・・・その方が、いい」
苦しそうに震える毛筋を撫でながら、ライドウは言う。
「いっそのこと、術で僕に病の気を移せば・・・・・・」
『莫迦云え』
重なった声に、鳴海は語り部を譲った。
「お前に、もしものことがあれば、帝都は誰が護る?」
「ですが・・・・・・ゴ」
「口答えは赦さん」
「・・・・・・」
潤む瞳に喝を込めて、目付は唸った。
「ゴウトは、僕を頼ってくれないのですね」
顔を伏せるライドウの拳は震えていた。
ゴウトは、熱い吐息を漏らして、落ち着いてから呟く。
「俺は、お前の看病なんてしたくないんだ。おい・・・・・・そこで傷つくなよ」
「もの凄く傷つきました・・・・・・」
「いいから聞け。俺は、お前が使命以外で倒れるところなんて見たくないんだよ。お前、せっかく掴んだ十四代目の座だろ?
万病のもととはいえ、風邪などで倒れて仕置き部屋に行くお前なぞ見たくないんだ。そんなことになってみろ。お前は未来永劫、風邪に倒れた葛葉ライドウとして語られ、風邪のライドウとして俺たちにからかわれるのだ。
そんな阿呆は・・・・・・の、名前を継ぐにふさわしくない」
「え・・・・・・?」
聞き返す為に、かがんできたライドウを、前肢で牽制した。
「それに、何故、健やかな体を幸せだと思わない? 俺は確率で風邪をひいてしまったが、その分、普段の体をありがたく思える。体を自由に動かせ、生きていることは奇跡なんだよ。お前も、自分の身になって考えてみろ」
「・・・・・・」
「どうだ?」
「元気なゴウトを早く見たい」
「そっちか。・・・・・・まぁいい。とにかく、俺の体は俺が一番わかっている。今日一日、休めば何とかなる」
「・・・・・・・・・本当に・・・?」
「嗚呼。本当だ」
「食事は?」
「今は、いい」
「本当に・・・・・・?」
「・・・・・・柔らかいものを」
「はい!」
最速で走り去った少年を見送り、鳴海は悪戯っぽく微笑んだ。
「なんだかんだ云いながら、ライドウに甘いんだから」
「俺は役目通りやってるだけだ」
ほっとすると、蘇る吐き気と降ってくる記憶の欠片に、爪をたてた。
「たまには情操教育も必要だろ」
「甘いって」
「・・・・・・」
「甘すぎる」
「五月蠅い」
「ふーん。ま、今日は許してあげる。で、原因って何なの?」
「恐らく・・・・・・風邪をひいている猫を触った彼れが、俺に移したんだろ」
「花粉みたいだねぇ。何かえろい」
「・・・・・・僕の浮気が原因だったんですね」
果たして其処には、少年が一人。
「ゴウト!」
「っぐはぁっ!!!」
潰れそうなほど抱きしめられて、ゴウトは眼を白黒させた。
「僕は、僕は、貴方に操を捧げます・・・・・・!」
「ぃ・・・らな・・・・・・」
「ゴウト! これからは当てつけに他の猫を触ったり、猫たちと共謀して彼のようなことや此のようなことは、しません!」
「な・・・・・・」
「さぁ!」
帽子以外を脱ぎ捨て、ライドウはゴウトをお姫様抱っこした。
「温めてあげます!!!」
「いらねぇ!!!」
「お幸せに・・・・・・」
「ありがとうございます所長!」
「タースーヶーテェェェェ」
悲劇と喜劇の余韻を遺して、彼らは愛の巣へ旅立っていき・・・・・・。
ぱたん、と鳴海はドアーを閉めてあげた。
「お大事に」

+++++++++++++++++++++
ドップラー効果をうまく表現できたかしら(笑)
ちなみに猫から人、人から猫には風邪は移らないらしいのですが、まぁ「猫ではない」と言い張ってる方がいたので、そこはぼやかしてみましたv
以上、インフルかもしれない高熱管理人でした。
2008.2.09
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