捨てられる物は何だって捨ててきた。
家族。友人。
恋人。住み処。
見栄。誇り。
自分。過去さえも。
軽くなった体なら何処へだって行けそうなもんだが、ふらふらと彷徨う程に足は重くなっていった。
億劫になる動作を何とか繰り返し、転々と各地を渡り歩いた。
次第に其の重みを脱ぐことが出来るようになり、今度は躰が軽くなりすぎた。
これじゃあいつか地に足つかなくなる。
自分の外観や中身に変化があろうとも、核の部分が消滅するのは恐ろしい。
死んでもいいやとは、軽く云えなくなった。
護りたいものが新たに出来たというよりは、見守りたい相手が出来たからなのか。
それすらも何時は、捨て去る日が来るのだろうが。
とにかく、今は、『俺』を維持する為の重力が欲しい。
かといって、重すぎる荷物は背負いたくない。
軽い躰に相応しい、だが自分の口にあう物が欲しいから。
其れに手がのびる。
「煙草って止められないのよねぇ」
「・・・・・・鳴海さん」
机に肩肘をつき、ふぅっと助手の方に吹き掛ける。
「煙幕~」
顔をしかめるライドウに、けらけらと笑いかけた。
と、紫煙から、にゅっと白い手が出てきて、すかさず鳴海の口から棒を奪っていった。
「禁煙すると云ったのは貴方でしょう」
「え? あれ、夢じゃなかったの?」
微かに酒気も混じる口笛で、鳴海はライドウを見上げる。
あー本当に睫毛長いなこいつ。
溜息で震える様さえ、絵になるんだから。
「・・・・・・夢と現の区別がつくまで、禁酒・禁煙です」
「え~。じゃあ、ちゅうしてちゅう」
「お断りです」
「へ~。十四代目ってそんなに器の小さい奴だったんだ」
へ~へ~と餓鬼のように囃し立てると、去りかけた背中が後ろを向いた。
よしよし。こっち来い。
「鳴海さん」
「んんん?」
「まさか、此の程度の挑発で僕が貴方に接吻けするとでも?」
「えっ・・・・・・あはは~きついなライドウちゃんは」
気まずくて、頭を掻くと、
「今日だけですよ」
甘い吐息が。
「・・・・・・えっ・・・・・・え~!!!???」
応ずる暇も与えず、唇が去っていった。
「ライドウ、もう一回!」
椅子を蹴飛ばし、立ち上がると、うっとりする程綺麗な微笑が返ってきた。
「駄目です」
「駄目です」
「・・・・・・駄目な物は駄目です」
「けち~」
「変わりに、同じく甘い物を差し上げますから」
またしても応という間もなく、口に突っ込まれたのは、
きんと冷えた水菓子。
「・・・・・・美味しいね」
「好きでしょう?」
「・・・・・・そうだなぁ」
今度は、鳴海が不意打ちをかける。
「こうした方が好きかな」
甘くなった舌で、もともと甘味を含んでいる少年の舌を絡め取る。
好きという言葉をもう一度云うには重たくて、ただ歯列を舐めるだけに留めた。
次第に蜜を含んで重くなる躰と、
次第に蕩けていく現実味と、
呟く度に胸がしめつけられる少年の名に、
破滅と再生の香りを嗅いだような気がした。
2007.8.21
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