どくん、と波打って、躰は崩れ落ちる。
 今し方屠った悪魔と、己の血で、刀を握っている感触も、どこか遠く。
 嗚呼、地に伏す前に見た、月の何と晧いこと。
 その満ち欠けで、この躰は、更に皓く、燃え尽きていくというのに。
 美しいと思う此の身は、狂っているのだろうか。
 班駒にならずとも、当に此の心は……。
 
 ライドウは、ふと視線を感じた。
 無意識に、それを辿り。

「ゴウト」
「・・・・・・」
「ゴウトは僕が死んだら、泣きますか」
「泣くか、莫迦者」
 そこまで俺は優しくない、と自分の手よりも冷たい声が飛んでくる。
「説教部屋で小言すら云ってやらん」
「酷い人だ」
「・・・・・・葛葉なれば、当然だろう」
 一拍遅れた返事に、ライドウはゴウトの気配を探る。
 霞む目に、茫と映った像は、しかし闇の黒ばかり。
 ライドウは、急に恐ろしくなった。
「ゴウト!」
 叫んだ途端、口から命が溢れた。
 咳き込み、荒く息を吐くと、こめかみから脈打つ音が聞こえた。
 死の足音のようだと錯覚して、涙が出そうになった。
 堪えたところで、身体は容赦なく吐き、痙攣し、嗚咽を繰り返す。
 肘の力が抜け落ち、ライドウは顔すら上げられなくなった。
 軽やかな足音が聞こえて、びくりと身体が跳ねる。
 嗚呼、嬉しい筈の彼の音が、今は怖くてたまらない。
 立ち止まったても、何も云わない者に、我慢できなくなって唇を開いた。

「どうして何も云ってくださらないのですか」
 震える手を伸ばせず、握りしめる。
 藻掻き、何とか見上げた先には、顔をそむけている彼。
 たとえ逆光で、表情は闇に紛れていたとしても、それだけは鮮明にわかった。
「どうして僕を見てくださらないのですか」
「彼岸で、誰もが甘やかすとは思わないことだ」
 
 嗚呼、彼が僕の死に神になるのか。
 そう思うと、ライドウは途端におかしくなった。
 見えなかったものが、突如として現出する。

「ゴウトは、優しいですね」
「・・・・・・は」
「僕に希望をくれる」
「今の会話の、どこが希望なのだ」
「一度も此方を見ないでしょう?」
 とろり、と額から垂れてきた緋が、視界を奪う。
「もしかしたら、貴方が泣いてくれているかもしれないと思えますから」
「・・・・・・阿呆が」
「貴方を阿呆になるくらい好きですから」
「救えない阿呆だ」
「それでも、僕は」

 幸せなのです。



「・・・・・・さっさと、片付けてこい」

 遠ざかる足音と共に、一時張られていた結界が解かれる。

「酷い人だ」

 力が使えるのに、決して手助けをしない。
 自分を信じてくれているのか。
 単なる後継者虐めか。
 それとも、好きな子ほど虐めたいというやつか?

「本当に酷い人」

 突如現れた強力な魔の気配に、蹌踉めきながら立ち上がる。
 

 緋と黒で、ちかちかする瞼の裏で。
 ライドウは、それでも笑って、刀を握り直した。



 天を仰いでも、もう月の皓さに惑わされることは、なかった。









                                   2006.11.28