飲んだくれて、朝方、肩をぶつけてきたチンピラに喧嘩を売って、唇を切って帰ってきた鳴海を、雷堂は、軽蔑の目で見た。
「貴様、死に急ぎたいのか」
「全然。未練たっぷりよ俺」
 消毒薬の蓋を開けて、雷堂は溜息を吐く。
「それならもう少し、上手く立ち回れ。一応、大人なのだから」
「あ、心配してくれんの?」
「薬代も馬鹿にならない」
「はははっ。それでこそ、俺の嫁さん・・・・・・ってぇ」
「次にそのような空言を云ったら、墓代を請求するからな」
 脱脂綿を、患部にぎゅうぎゅうと押しつけた助手に、鳴海は、ニヤリと笑った。
「はいはい。書生さん」
 所長椅子に、ゆったりと背を預け、二言三言交わしているうちに、鳴海は寝入ってしまった。









 夢を見た。
 胸糞悪い夢だった。
 だが、魘されていたぞ、と起こしてくれた雷堂にすら、内容は云わなかった。

 嗚呼、糞。
 甲斐甲斐しく濡れタオルなんて、差し出してくるな。
 そんなに無垢な表情で。
 お前のことだったんだよ、莫迦。
 受け取り、頬に当てるとひやりとした感触がして、ぶるっと震えた。

 雷堂が、目前で死んで、地獄へ堕ちる。
 直後に、俺も死ぬのだが、何故か俺は天国に行く。
 巫山戯んな、と神だか天使だかを殴れば、それこそがお前の罰になる、と云いやがった。
 罪深きお前に、最も相応しく最も過酷な罰であろう、と。
 莫迦か。
 それではまるで、俺が雷堂のことを好きみたいじゃないか。
 同じ場所にいけなくて、駄々を捏ねる悲劇の恋人かよ。
 嗚呼、うぜぇ。
 俺は、単に天国が嫌いなだけだ。
 綺麗なものには、腹が立つだけだ。
 だからこうして、使ったタオルを投げつける。
 胸にあたり、表情を歪める書生がたまらなく魅力的だ。
 だが、静かに荒れる時の俺に、この相手は、怒らない。
 だからつけこまれるのに、な。
 少しむかつくが、面白くもあるので、云ってやらない。
 せいぜい俺に振り回されればいいのだ。










 夜に町が包まれる頃。
 正確に語るのは癪なので、珈琲を運んできた雷堂に、天国で豪遊した夢を見た、と云った。
 案の条、不快な顔をしたので、嬉しくなった。
 天国を穢すな、と云ってきたので、益々楽しくて、苛立ちなど何処かに消えた。

「けっ。お綺麗な天国になんぞ興味ないね」
 ニヤリと笑う。
「行きたくても行けないの間違いだろう」
「俺、閻魔大王と酒、酌み交わすのが夢なのよ」
「・・・・・・は」
「で、地獄に来たお前の今後を、俺が決めるようにするんだ」
 覚悟しろよ、と云えば、何故か顔を背ける相手に、ふと厭な予感がしたが、話を続けた。
 もしかして、死んだ後も、葛葉に縛られるのだろうか。
 ・・・・・・面白くないな。
 死んだ後くらい、好きにさせろよ。
 まぁどちらにしろ、雷堂に選択権はないのだが。
 さっさと俺のものになればいいのに、と髪をかきあげた。
 その命も、運命すら。
 恋人同士ではなく、征服する者とされる者の関係で。

「閻魔大王も、元は人さ。以外と頼みを聞いてくれるかもしれないぜ?」
「変なところで楽観的だな」
「希望に縋りたいのが、酒飲みよ」
「全人類に謝れ」
「厭だ」
 
「だって、お前にすら謝ってないんだもん」
「命乞いをさせてやろうか、今すぐ」
「逃避行のお誘いなら受け付けるぜ」
 突き出された葛葉刀に、慎重に噛みついて、鳴海は流れ出た血を手指で掬い、雷堂の唇に塗りたくった。

「二人で地獄へ行こうぜ」
 襟首を引き寄せ、鳴海は囁く。

 まだまだ、喘がせたりないんだよ。











                                   2006.11.20