「そこを、頼む」
「ここですね」
「嗚呼、ついでに」
「わかっていますよ」
蕩けるような微笑で、応えるライドウ。
喉、耳、肉球の痒いところを撫でられ、ゴウトはご満悦である。
「気持ちよさそうね、ゴウトちゃん」
タヱは、右手で名刺を鳴海に突きつけ、左手で彼らに手を振った。
慣れた仕草は、常連の証拠である。
「タヱさん、ゴウトは男ですよ」
「あ、ごめんなさい。ゴウト君、かしら?」
「・・・・・・ゴウトでいいと、云っています」
「へぇ。ライドウ君、ゴウトの云うことがわかるのね」
少年は、それはそれは綺麗な眼を細める。
「僕がゴウトのことで、知らないことはありませんから」
僕たちに隠し事はありません、と黒い毛並みを撫でる。
タヱは関心し、悪戯っぽく微笑んだ。
「ライドウ君とゴウトって、まるで夫婦みたいね」
ぴたり、とタヱ意外の全員が動きを止めた。
「ちょっ、タヱちゃん?」
鳴海が一拍遅れて噎せる。
当のゴウトは、白い掌から逃れようとして、失敗した。
掴まれた尻尾に舌打ちしつつ、そろりと振り返る。
そこには案の定、気温以外で熱中症になった者の、双眸。
「ゴウト・・・・・・すまなかった」
「いや、気にしなくていいから。その手を放せ?」
軽く尻尾を振ってみたが、ライドウは犬の仕草と勘違いしたのか、電光石火の勢いでゴウトを腕の中に閉じこめる。
「嗚呼、すまなかったゴウト。僕たちは、結婚していたんだね!」
「はぁ!?」
じたばたと暴れるゴウトをものともせず、頬擦りしてくる後継者。
「そうか・・・・・・身も心も繋がっていたとはいえ、やはり手続きを踏まなければ、世間は認めないんだ」
「いらん。その前に、俺たち夫婦じゃないし。夫婦無理だし」
「不安に、させたかな?」
「今が不安っつーか、むしろ消去したい」
「嗚呼、貴方の気持ちに気づけなくて、すまない。伴侶として失格だ!」
「成立していないが、破綻だな。それで行こう。だから・・・・・・」
「・・・・・・聞いたことがある。結婚をする前は、不安になるって。婚約を破棄したり、『探さないで下さい』と手紙を書いたりすると」
「手紙を書いたのは、俺よ、鳴海さんよ?」
「似て非なる内容だったな」
「・・・・・・そうだ。確か名前はマリッジブルー」
「毎日ブルーだ! お前が半径100メートル以内に近づかなければ、俺の人生、3割増しで薔薇色なんだが」
「嗚呼、ゴウト! 僕がいけなかった! 許してくれ! さぁ! 式を挙げよう! いや、その前に婚姻届か! いざ誓いの接吻をー!」
「ぎゃああぁあああぁあぁあああ」
「で、鳴海さん」
「んー?」
「恋人希望の鳴海さんは、二人をどうするわけ?」
「決まってるよ」
鳴海は背をゆったりと椅子に預け、上目遣いで、こう云った。
「マリッジブルーになった相手を、奪い去るまでさ」
2006.9.08
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