「あー、やっぱり降ってきたね」
風間刑事は舌打ちし、鳴海は空を仰いだ。
なんだっけ、狐の嫁入りだっけな。
薄暗くなってきた町の様子に、鳴海は雨粒を拭う。
とある邸宅の軒先で、探偵と刑事は雨宿りをしていた。
大道寺ほどではないが、有名な一族の住まいで殺人事件があったのだ。
現場検証をしていた風間一行と、別件で訪ねてきた鳴海が偶然鉢合わせ、互いに情報を交換しつつ帰ることになったのだが、その矢先、降られたというわけだ。
手元にあるのは、鳴海の傘が一本。
隣人は、手ぶらだ。
「なぁ風間のおっさん」
「刑事だ」
「俺と相合い傘するのと、雨が止むのを待つのと、どっちがいい?」
「・・・・・・走って帰る」
「いーや、駄目だね。証拠物件濡らす気かよ」
犯人を特定する有力な手がかりを、風間は持っていた。
部下を帰らせた後に偶々それは見つかったため、警察本部に電話でしか報告されていない危うい存在である。
「いらないなら俺がもらうぜ?」
禄に情報収集をさせてもらえなかったこともあり、鳴海の声に遠慮がなくなっていく。
元来、探偵と刑事は相容れぬ仲だ。
付き合いがないわけではないが、煙たく思っているのは確かで、互いの心象を知ってもいた。
もう一度、風間は舌打ちし、帽子を深く被る。
「男と相合い傘か」
「たまにはいいんじゃない」
「ぞっとしねぇな」
「あ、これ『貸し』だからね」
「・・・・・・やっぱり濡れて帰る」
「護衛してあげよっか」
「鳴海さんじゃないかい」
突如話しかけられた声に、鳴海は微笑する。
先ほど道を尋ねて、ついでに近隣の噂まで教えてもらった近所のおばちゃんである。
「どうも」
傘を差し掛けて、軒下に招いた。
「急に降ってきたからねぇ。折角の着物が台無しだよ」
品のいいハンケチと、それはお揃いのようだった。
「新しい意匠ですね。三日前に出来た店で購入されました?」
「あらぁ、流石探偵さんね。じゃあ、私が云って欲しいこともわかるかしら」
「よくお似合いですよ。そのセンスは探偵も敵いません」
「ふふふ。おばちゃんが後二十年若ければねぇ」
うっとりとする女性の背後に、鳴海は一瞬視線を向ける。
「あぁそうだ、これお貸ししますよ」
「え?」
にこりと微笑む。
「エスコートは、このエリート刑事風間が引き受けてくれるそうなので」
今まで、呆れたように探偵を見ていた刑事が、傘を押しつけられ目を剥く。
「なっ!? てめぇ鳴海!」
「民を守るのも刑事の役目でしょ」
「すみませんねぇ刑事さん」
少女のように少し恥じらいながら、風間に近づくおばさま一人。
鳴海は、二人を残し、勢いよく雨の中を走り出した。
「ライドウ」
蝙蝠傘を手に、しゃがみ込んでいる相手を呼んだ。
どうやら人違いではなかったようだ。
風間とおばちゃんに、ちょっと感謝しながら鳴海もしゃがみ込む。
「何してるの?」
振り返った少年の傍らには、老描がいた。
夫婦だろうか。小さな空き家の下に、寄り添っているのが自然であるような雰囲気を醸し出している。
斜めに降る雨から守るように、ライドウは傘を立てかけた。
「探偵社には連れて行かないんだ?」
「ゴウトが嫉妬するといけないから」
「・・・・・・ふーん」
俺の都合はいいんだ、と何となくぐれてみる。
「鳴海さんは何をしてらしたんですか」
「あぁ、ちょっと野暮用」
一緒に雨宿りをしているライドウは、奇妙な顔をした。
「傘がなくなるようなことだったんですか」
「よく見てるね」
「鳴海さんからは目が離せませんから」
さらりと云われて、心配されているのか呆れられているのか、それとも好かれているのか判断に迷う。
この純粋さは、反則だ。
誤魔化すように煙草に火をつけ、視線を逸らす。
「今日はね、名探偵のお仕事をしてきたんだよ」
鳴海はポケットから一枚の写真を取り出す。
「・・・・・・きれいな方ですね」
「依頼人の初恋の人だって」
身分違いの恋人。結ばれなかった二人。年老いた依頼人は、未だに忘れられず、鳴海に頭を下げたのだ。
この人を探して欲しい、と。できるならば、老いぼれの手紙を渡して欲しい、と。
ただ、一目逢いたいのだ・・・・・・。叶わなければ遠くから見つめるだけで構わない。
静かな微笑を張り付けた皺が、万感の想いと断れない威厳に満ちていた。
依頼を承諾した鳴海は、調査を開始してすぐ、瞳を曇らすことになった。
肝心の女性が亡くなっていたのだ。
しかも、依頼を受けたその日に。
そのことを依頼人に話すと、流石に呆然としたようだったが、鳴海がある条件を出すことによって、依頼は続行となった。
彼女の足跡と死の真相、そして・・・・・・。
「相手が死んでまでも想い続ける、か」
「その方は、お亡くなりに?」
「老衰ってことになってたけどな。どうやら財産争いで、追い詰められて身体がもたなかったらしい」
心臓発作。他殺も考えられ、風間刑事等が調査したが、落ち着く場所は初見と変わらなかった。
続いて亡くなった彼女の義理の弟は、毒殺され、その証拠を今し方見つけ、犯人を逮捕したところだ。
その場に居合わせて事情聴取を受けた鳴海は、帰るふりをして、こっそり彼女の部屋へ入った。
無粋ではあるが、手ぶらで帰るわけにはいかなかったのだ。
それこそが、鳴海が依頼人を応と云わせた条件。
故人が男を偲んだ品があれば、それを秘かに回収する。
恋文でもあればと期待したが、矢張りそこまで甘くはなかった。
だが、彼女が愛用していた鏡台の隠し棚を鳴海は見つけ、更に二重底になっていた中身を失敬してきた。
真ん中で破られた写真。
それは、男性から預かった写真と合わせると、二人が寄り添う一枚の絵となった。
文を送ることさえ、したためることさえ許されなかった彼女の、たった一つの思い出。
裏に何か書いていたかは、見て直ぐに忘れることにした。
あまりに純粋で、儚くて。
譬え誰が冷笑しようとも、鳴海には莫迦にすることができなかった。
彼らの美しい想いを、他人に渡して土足で荒らさせることはない。
刑事には勿論、彼女の家族にも知らせなかった。
下手に刺激することもないし、何より彼女が死して尚守り続けた秘密だ。
鳴海がその封印を破った結果となったが、せめて想い続けた男に届けることは許して欲しい。遺された者には、思い出が必要な時もあるのだ。それが一生を懸けての秘密であり、想いであるなら尚のこと。
鳴海は、秘密の依頼については語らず写真を仕舞い、微苦笑を浮かべた。
重なり合った写真を、上から、そっと撫でる。
哀しくて愛しくて、少しうらやましくて。
煙草を揉み消し、最後の紫煙を吐き出す。
歩きながら、結局相合い傘はできなかったな、と鳴海は少し残念に思う。
猫達を振り返り、遅れがちになるライドウを見て―――閃いた。
「な、鳴海さん!?」
滅多に狼狽えない助手の驚愕に、鳴海は内心拳を握る。
腰を引き寄せ、耳元で囁く。
「一緒に行こう」
ライドウの外套にもぐりこんだ鳴海は、端を持って、一つにくるまる。
「鳴海さん」
「ん?」
迷うライドウに、気配を察して唇を近づける。
重なる温度に、帰ってからも温め合おうと、前戲を施す。
雨脚が弱くなってきたのを感じ、鳴海はほくそ笑む。
―――狐の嫁は、旦那の元に着いたらしいな。
さしずめ、ライドウが嫁で、俺は旦那か?
葛葉姫、と頭の中に言葉が浮かび、仕舞った写真がそれに重なり、寄り添う猫が像を結んで弾けた。
胸が締め付けられて、もう一度唇を吸った。
嗚呼、早く想いを遂げたい。散る前に狂い咲きたい。
どうか、この時間が、二人でいられる時間が、長く続きますように。
悲恋には、まだ早すぎる・・・・・・。
潤んだ瞳にぞくりとして、二人は衝動のまま走り出した。
その後ろ姿は、駆け落ちした恋人のようであった。
本日の自分的萌ポイント。
・漸く探偵っぽいことをしてくれた鳴海さん
・名前すら出てこなかった依頼人
・小悪魔なライドウさん
・ちらりとも出てこないゴウトにゃん
・マントに一緒にくるまる鳴ライ
・振り回される風間刑事
はぁ~すっとこな出来はともかく、これらは書けて満足ですv
しかし、何でこんな話になったかは謎です。
書き始めは、相合い傘したかったけど出来なかった鳴ライが外套を雨除けにして帰るってだけしか考えてませんでしたv まぁ毎回行き当たりばったりですがね!(オイ)
どうやったら上手くて萌える文章が書けるのかなぁ。うぅ精進しまっす。
しかし、この題名なんとかならんかな・・・・・・。
辛抱強く読んで下さった方、本当にありがとうございました♪
2006.7.23
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