銀楼遊戯



 薄暗い探偵事務所に不釣り合いな笑い声が響いた。

「悪いなライドウ! またまた俺の一人勝ちだ!」
「・・・・・・」
 頬杖をついてニヤニヤと笑う鳴海を前に、仲魔の阿鼻叫喚が牌に炸裂した。
 ライドウは、無言だが常にはない苛立ちを瞳に宿している。
 それでも黙々と全員の点数を数えるあたり、誠実というか素直というか。
 鳴海の気分は更に盛り上がった。

 ライドウちゃんたら、可愛いなぁ。

 くっくっくっと喉を鳴らすと、仲魔の皆様にじろりと睨め付けられて慌てて笑みを引っ込めた。
 さんざんカモにしたせいか、ライドウ愛しさゆえか殺気すら感じられる麻雀仲魔。
 一つ咳払いをして鳴海は背もたれに身を預けた。

「ライドウ片付けといて」
「・・・・・・」
「徹夜する大人の遊び道具」を手に立ち上がる助手と、すかさずその背を追う人外ズ。
 不気味だが、ほほえましいその光景。ライドウも、いつもより心なしか雰囲気が柔らかい。
 その背を見送り、鳴海は陽光ゆらめく天井を見上げた。

「ライドウ、か」

 怜悧な美貌。凍れる瞳。葛葉ライドウ。
 その素性を知っているのはこの町では、鳴海だけだ。
 純粋な人間では、と注釈がいるかもしれないが今のところその座は揺らいでいない。
 そしてめったに感情を出さない彼のささやかな表情の変化を知っているのも、恐らくは・・・・・・。

「・・・・・どうぞ」
 ことり、とテーブルが鳴って思考が中断された。
 紅茶の匂いが鼻腔をくすぐる。
「お、ありがと」
 軽く目礼をする助手の洗練された仕草に鳴海は一瞬見惚れ、次いで用意されたカップの数に首を傾げた。
「他の連中は帰しちゃったの?」
「えぇ」
 鳴海がカップに手を出すのを確認してから、ライドウも同じく手を伸ばす。
 強面の悪魔を使役する実力を持ちながら、律儀な面を持つライドウが好ましい。
「ってことは、この事務所に二人っきりってことだよね」
「そうですね」
 さらりと流すライドウに、鳴海は苦笑した。
 色めいた話題にことごとく淡泊な反応を返すこの青年。
 特殊な環境がそうさせるのか、あまりにも純粋無垢なだけなのか。
 普段から感情を表に出すことさえ稀少だというのに、いいのか青少年。
 普段から遊び人の鳴海は、ちょっと心配だ。
 
 だからこそか・・・・・・ライドウのちょっとした表情の変化を引き出すことに成功すると、すこぶる楽しく、ついついからかいたくなる。

「ねぇライライ」
「・・・・・・はい」
 ためらいがちに応える助手に、たまらずニヤリと笑った。
「ライライは悪魔を召喚できるんだよね」
 今さら問う必要もないことを鳴海は口にした。
 頷くライドウも、いぶかしげな表情だ。
「じゃあこれは知ってるかな? 俺も召喚の力を持ってるってこと」
 目を見張る相手に、また一つ満足して鳴海は余裕ったぷりに言った。
「俺はデビルサマナーじゃないけど、召喚できるんだよ」
「・・・・・・なにを、ですか」


 その瞬間、黒曜石の瞳が艶を帯びた。
 緩く開けられた紅唇からは、ちらりと覗く熟れた果実。
 誘うように揺れる様に、視線が吸い寄せられる。


 ライドウの表出した媚態に思わず鳴海は喉を鳴らし、はっとした。
 なんてことだ。子供をからかっているつもりで、こちらが主導権を握られるとは。
「―――さすが十四代目ってとこか」
「は?」

 しかも相手が無自覚なのだから・・・・・・たちが悪い。
「気分でも悪いのですか」
 まじまじと見つめてくる濡れた瞳に目眩がする。
 香など使わないはずの白磁の肌が匂い立つようで・・・・・・。
 ―――抱きたい。


 その時、どこからか猫の鳴き声がした。


「・・・・・・」
 鳴海は伸ばしかけた手をぴたりと止め、握りしめた後、ゆるゆると引っ込めた。
「鳴海、さん?」

 助手の問いかけと沸き上がった衝動を鳴海は、「なんでもないよ」といなし、微苦笑を浮かべた。
 今は・・・・・・。
 今は、まだ、このままで。
 
 
「それにしても、俺が召喚してるのライドウも見てるはずなんだけどなぁ」
「すみません」
「本当にわからない?」
「・・・・・・すみません」
 大人の小狡さで主導権を取り返した鳴海は、縮こまるライドウに近づいた。
 これだから勝負は最後までわからない。
「そう? じゃあ、これは名探偵鳴海から助手への挑戦状にしておこうかな!」
「・・・・・・」
 絶句する助手の無防備さに、楽しさとほんの少し邪な想いを抱えて、鳴海はライドウの耳元で囁いた。
「色よい答えを待ってるよ。・・・・・・おや」

 不意のけたたましい電話の音に、二人の顔つきが引き締まる。
 素早く受話器を握った鳴海が、二言三言言葉を交わし、助手に鋭い視線を向ける。
 目で肯定したライドウは、鳴海が電話を置くと同時に支度を終えた。
「多聞天前だ」
「はい」
 小気味よい返事に、鳴海は走りながら一瞬だけ口角をあげた。




 俺が召喚できる唯一の相手はねぇ・・・・・・。




 鍵を閉め、駆けてくる足音に、ぴたりと足を止めた。
 振り返らずともわかる、寄り添う気配。
 紅みを帯びた斜光が探偵を輝かせる。
 深く被っていた帽子を少し上げ、鳴海はニヤリと笑った。
「行くぞ、ライドウ」






 鳴ライ(風味)小説をお届けします。
 当初の予定では、「デビルサマナーを召喚できる男」「かっこいい鳴海さん」を書く予定だったのに、所長が不思議エロ親父と化してしまいました。(申し訳ありません!)
 おかしいな、鳴海さんはもっとかっこいいはずなのに!むしろ管理人がエロ親父?

 それにしても鳴海さんの葛葉一族におけるポジションがわかりません。ちゃっかり異界にも現れますしね(笑)

 次のSSでは、もう少しライドウちゃんを喋らせたいです!
 あと、ゴウトの出番を・・・・・・!!!


 読了ありがとうございました!                  2006.5.17