扉を閉めた相手に、鳴海は漸く視線を向ける。
「お前さ。正気?」
「嘘は慣れていません」
「冷静になれっての」
 微妙に噛み違う会話に、鳴海は髪を掻き混ぜる。

 ライドウの視線が、日々、変化していたことには薄々気づいていた。
 知っていたし、理由もわかっていたが、そこは笑うなりかわすなりして曖昧にしていた。
 好きです、と云われた時も、ありがとね、と軽く流したくらいだ。
 好きです、と何度目かの告白の後、ライドウはとうとう抱いて下さいと云った。
「俺、男を抱く趣味はないぜ」
「好きでもですか」
「俺、お前のこと好きじゃないよ」
「嘘だ」
 ライドウは、鳴海の襟首を掴み寄せる。
「貴方は、僕のことを好きでしょう」
「どうしてそんな」
 まるで、勘違いした自称恋人のように。
「自分で云うのも何だけどさ。俺は打算的な男よ。お前のこと何とも想ってないよ」
「律儀ですね。それが貴方流の優しさですか」
「お前の為にならないよ」
「それは、僕への労りではありません。貴方は、臆病だ」
「・・・・・・」
 歳だから、と云いかけた唇をライドウにふさがれた。
 
 惚れた方が負け。
 好きだよ、愛してる、貴方だけ。
 駆け引きに夢中になって、我慢の似合う大人になったのはいつからか。
 焦らし、奪い、囁き、袖にする。
 遊戯のように繰り返してきたことを、急に止めろだなんて。
 お前みたいに、一途ではいられないよ。
 
「僕に、貴方の衝動を下さい」

 いつになく饒舌なライドウに、鳴海は思い出す。
 堪えようとして堪えられなかった感情を。
 唇を、甘いと感じる瞬間があったことを。

「・・・・・・ライドウ」
 久しぶりに、真っ直ぐ瞳を見れば、少年の緊張と興奮が伝わってきた。
 しっとりと吸い付くような頬の感触に、いつの間にかライドウに触れていた自分を確認する。
 どくん、と心臓と心臓以外の何かが脈打つ。
 
 ・・・・・・糞ったれ。そうだよ。本当は欲しくてたまらなかったさ。
 他人が顔をしかめるような、―――ってやつが。
 

 荒々しく接吻けて、息さえ奪って鳴海は、ライドウを押し倒す。

「俺、お前が怖いよ」
 鎖骨に舌を這わせ、雨のように紅い印を降らせる。
「僕だって、貴方が怖くてたまらない」

 ベッドが音を立てる。
 啼くように鳴くように泣くように。



 俺を溺れさせるお前が怖い。
 お前に溺れる自分も怖い。
 先が見通せなくて、死ぬより怖い。


 駆けめぐる快感と衝動に、恋の激しさを初めてのように知った。











 
                                     2006.7.22