扉を開けば、明るい部屋。
 こちらを見て微笑んでくれる貴方。

 おかえり

 その温かさに何度救われたのだろう。
 摩耗することなくこの躰を満たしていく、温度。
 甘く幸せな空気。
 無くては生きられないような・・・・・・。



 たまに、その空気が淀むことがあった。


 アルコォルの匂いと、冗談のような口調ゆえに。

「俺の一番の人はねぇ、いなくなっちゃったんだ」
 昔のことだけどね、と微笑む貴方は哀しみを溜息に隠す。
「こんなこと話せるの、お前だけだよ」
 そうして見つめてくる瞳は、決して自分を映していない。
 こちらを見るふりをして、まやかしの時を引き寄せようとしているのだ。
 懺悔することで、あの日が戻ってこないかと。
 でも、お前には無理だよな、と諦めて冷めた光で。

 何て酷い人。
 僕が、貴方を好きだと知っていてそんな残酷なことをするのですか。
 貴方の中で一番にならない僕に、他人への愛を語るのですか。
 立ち直った貌をして。

 最高で二番。幻想の一番。

 それでも、僕に縋るのですね。

 眠り、裾を掴んで放さない大きな手をそっと握る。



 貴方の残酷な願いを・・・・・・叶えましょう。

 眠る直前に呟いたその願いを。

 貴方はきっと覚えていないでしょうが。
 僕は・・・・・・。


「貴方、に、」



 嗚呼、空気が、透明に揺らめく。
 



 僕だけが、覚えていましょう。
 秘められた泡沫の恋を。
 その約束を。

 濡れた想いは、隠したまま。


 甘く濁ったこの空気の中で。
 そこへ続く扉が、消えてしまうまで。


 


「ねぇ・・・・・・ずっと俺の傍にいてくれる?」








 


                           2006.8.30