何て無防備な奴だ。
 異界で堂々と眠ってやがる。
 木の下で午睡している少年に、男は近づいた。

 上から寝顔を覗き込むと、寝息が唇にあたった。
 やばい、と慌てて離れたのだが、起きる気配はない。

 ・・・・・・馬鹿なことをした。
 自分は魂だけの存在なのだから、この少年の寝息を顔で遮ることはないのに。
 吐息を感じた気がしたのは、肉体があった頃の感覚が拭えない為で。
 少年に触れてしまう心配も、温もりを感じることも、ない。
 木に凭れて、溜息を吐いた。
 それでも未練がましく、もう一度見遣ると、
 動けなくなった。



 紅い。
 少年の唇は、紅すぎて、果実を思わせた。
 紅い皮に隠された、滴る甘美と獣性の種。
 捕食者は、その清廉な肌を丁寧に、時に乱暴に剥いて、淫らを曝きだす。
 自らを曝かれた被食者の食される音は、どれだけ恍惚と興奮を呼び覚ますだろう。
 どれほど甘(うま)い馳走になるだろうか。
 それは、きっと楽園にある・・・・・・



 ・・・・・・何を考えているんだ、俺は。
 妄念を振り払おうと、横を向いたが、余計に意識が過敏になる。
 紅。
 濡れたような紅。
 舐め、もっと濡れさせ、貪り、含ませたい、紅。
 喘ぎ収縮する様を、喰らいながら見てみたい。





 糞。・・・・・・参ったな。
 膨らみそうな前に、震える手が向かいそうになったが、どうにか髪を掻き混ぜて抑える。
 
 勘弁してくれ。
 今は、何物にも触れてはいけない罰則の時間なのだ。
 楽園に住む蛇の甘言にも、禁断の実にも、囓りついてはならない。
 罪が増えるのを、怖れるのではなくて。
 喰らいつけば、またお前の傍から離れなければならない。
 今を堪え忍べば、またお前に逢えるから。


 だから、誘惑するのは止めてくれ。
 俺を惑わさないでくれ。
 早くここから去らねば。

 そう思いながら、男は、暫くその場を離れることができなかった。









「・・・・・・何ですか?」
「え、あぁ、何でもない」
 そうですか、と瞼を閉じた少年は、ほどなく夢の住人になる。
 漸く戻ってきた俺に、抱きつくように腕に閉じこめて。



 楽園に取り残されていた紅が、媚薬のような吐息を漏らす。
 誘惑に今度は抗わず、端に柔らかく噛みつき・・・・・・。
 吐息を顔面に受ける。
 


 そして、あの時のお前の寝息が欲しくて、また紅い唇を噛むのだ。







                                   2006.10.23