「くたばれ葛葉ぁ!」

 修験界四階の奥。
 咆吼と共に、力任せに繰り出された悪魔の剣戟を、雷堂は葛葉刀で跳ね上げた。
「・・・・・・隙が多い」
 横をすり抜け様、胴を薙ぎ払う。
 だが、彼の悪魔の身体能力も大した物で。
 臓腑を狙った攻撃は、鎧を掠めるに留まる。
 振り返って見れば、家紋を傷つけられ、怒り狂うヨシツネが独り。

「いい鎧だな」
「テメエ! 許さねぇ!」
 あからさまな挑発に、突進してくるヨシツネ。
 雷堂は地を蹴り、心臓を狙う。
「させるかよ!」
 跳び上がって避けようとした悪魔に、雷堂は、ふっと笑った。
 右手に、銃を構える。

「オレに銃は効かないぜ!」
 確かに、致命傷とはならないだろう。
 だが、
「甘い」
 ドンっと、重い音をさせて発射した弾は、ヨシツネの手に襲いかかる。
 刀を持った、その手に。
「そんなもん、斬ってやるぜ!」
 
 暴威弾を、真っ二つにしたヨシツネは、しかし、次の瞬間、絶叫した。
「だから甘いというのだ」
 「二発」撃っていた雷堂は、次を発射する。
 
 一発目は、ただの囮。派手な銃撃音に紛れて、二発目を撃つのが、目的であった。
 二発目は、石化弾。そう、仮に全身を固まらせられなくても、刀を持った「手指」を麻痺させられればいい。
 そして、今撃った、電撃弾で。
「ぐああぁあああぁあああ!!!」
 指から、刀を離させる。

 ヨシツネの雄叫びに身体がぐらついたが、身を捻ることで壁に着地し、猫のように床に降り立った。
 
 そのまま、ゆるりと悪魔に近づく。
「殺せ! オレを殺せ!」
 刀を手放した武士は、死に値する恥とでも考えているのか。
 どっかりと床に座ったヨシツネに、雷堂は、眼を細める。
「貴様、負けを認めるのだな」
「・・・・・・生き恥は晒したくねぇ。殺せよ!」
「ならば、貴様の命。我が貰う」

「我に下れ・・・・・・ヨシツネよ」
「テメエ!」
 かっと熱り立つ武士に、

「其の剛力。我の手を痺れさせたぞ」
「あん?」
「無くすには惜しい」
「・・・・・・」
「貴様に、武士の誇りがあるなら、立て。這い蹲って泥に塗れても、我に一太刀あびせるがいい」
 一度も、興奮の色を表さなかった灰の瞳が、この時だけ、きらりと光る。
「犬死にと、本懐を遂げた後の自害。さて、貴様はどちらを選ぶのかな」
 さっと外套を翻し、雷堂は踵を返した。
「ちょっ・・・・・・! 待てよ」
「待たん」
 すたすたと歩く雷堂に、ヨシツネは慌てて身を起こし、走る。
「糞っ。テメエ、絶対に首をとってやるからな!」
「断る。今の貴様では無理だ」
「強くなってやるぜ! オマエを悪魔にして、家来にしてやる!」
「無理だな。我も、もっと強くなるからな」
「絶対絶対オマエより強くなってやる!」
「一生無理だ」
「じゃあ一生付いていってやるぜ!」
 追いつき、雷堂の前に立ちふさがったヨシツネは、宣言した。

「オレを楽しませろよ!」
 そして、影と寄り添っていた業斗に大声で、「テメエにも負けねぇ」とライバル宣言をし、いそいそとサマナーの後ろを付いていく。



 雷堂は、大きな大きな仔猫の足音に、薄く笑みを浮かべたのだった。










                                   2006.11.3