上着を肩に引っ掛け、ネクタイを少し緩めた。
 暑い。暑いを通り越して痛い。
 あまりにも青すぎる空に、鳴海は地上にも同じ色を探した。
 
「おばちゃん、これ頂戴」
「はいよ。今日はおまけつけたげるよ」
「お。ありがと。・・・・・・やっぱり二本もらうよ」
「ふふふ。デートかい?」
「そんなとこ」
 
 鳴海は、上機嫌で日向を行く。

 両手には、ラムネの瓶。

 涼しげな音が、足取りを軽くした。





 探偵社の前
に黒ずくめの姿を見つけ、鳴海は肩をぽんと叩いた。
「ライドウ。何してんの?」
 華奢な肩が、驚く程跳ねた。
 振り返った少年は頬を赤らめ、唇をわななかせている。
 おいおい、俺を誘惑してるのかよ? 昼間っから道端で?
「じゃなくて。お前、熱中症か!?」
 上着を投げ捨て近づけば、ライドウはさっと身を翻す。
 というより、よろけて尻餅をついた。
「莫迦! 無理するな!」
 浅く息をする助手の手を取り、制服の前をはだけさせたところで鳴海は異変に気づいた。
 なんだろう。時折、シャツが内側から蠢き、黒いものが覗くような・・・・・・。
 疑問はそのままに、鳴海は口移しでラムネを飲ませる。
 腋に冷たい瓶を当て、応急処置を取る。
 触れる度に、びくっびくっと跳ねるライドウの弱々しい抵抗を身体ごと組み敷き、日陰を作る。そして徐に、襟元から手を突っ込んだ。
「嗚呼・・・・・・!」
 喘ぎ、もがくライドウを抑えて、手を這わせる。
 
 鳴海は手応えを感じて、ラムネを退けた。

 これは熱中症ではない。
 ライドウを苛んでいるのは、別の・・・・・・。
 片手で二つめの釦を外し、もう一方で素肌を探っていた鳴海の目前に、それは現れた。
 
「立派なもんだねぇ」
 
 襟元からにょきっと顔を出したのは、まぎれもなく――――――鰻。
 黒光りする体を波打たせ、どういうわけかライドウの服の中をうにょうにょと這いずり回っている。
 ライドウの震える手は、シャツの下を探ろうとするが、鳴海は一纏めにして自由を奪う。
 何だかいけないことをしている気になるな。
 微笑して、鳴海は本格的にライドウを触りだした。
 ぬるぬるしていて只でさえ掴みにくいのに、一匹ではなく、何匹もいるものだから。
「ん~初心者には、難しいよねぇ」
 しみじみと鳴海は語りながら、鮮やかに鰻を捕獲していく。
 黒いぬめりを追って視線を彷徨わせれば、盥を見つけ、その出所を知る。
 張られた水に投げ込めば、雫が二人にかかった。
 繰り返す内に、それが水なのか汗なのか、この異常な出来事によって発汗しているせいなのか、わからなくなっていった。
 最後の一匹を、勢いよく引き抜いた時には、鳴海も身体に熱が籠もっていた。

「ライドウ?」
 軽く頬を叩くと、ぐったりとしていたライドウはこちらを見てきた。
 嗚呼、何て目をするんだよ。
 張り付く服が、わずらわしい。
「鳴海さん・・・・・・」

 差し伸べられた手は、熔けるように熱く、こちらを溶かす程濡れていた。

「・・・・・・続きは、水風呂の中でやる?」
 沈黙の後、頷いた少年に、鳴海はラムネを口移しで半分こする。
 空になっても、冷やしても、液体が内部を浸透しても、熱は高くなる一方だ。
 扉を閉めれば水場までの往路に、勢いよく散る邪魔な衣服。

 わななく唇のぬめりは、すぐに全身に広がった。
 冷たい飛沫と熱い飛沫を浴びた二人は、浮かされたように次を求める。



 ふと、鳴海は鰻を思い出し、尖りを摘んでいた五指を、ライドウに巻き付けた。









                                      2006.8.06