まず、目が見えなかった。
 光を失ったのではない。暗闇を強要されているのだ。
 瞼を圧する布の感触に、悪魔の仕業ではないと悟る。
 
「・・・・・・気づいたんだ」

 近づく気配に、我知らず身体が強ばる。
 だが頭上からかけられた声は・・・・・・
「・・・・・・鳴海」
 雷堂は、目隠しをされたまま、合うはずのない視線を向ける。
 やはり、というか。
 自分に殺意を感じさせずに、寝込みを襲う芸当ができるのは極僅か。
 そしてこの鳴海という男も、その一人に数えられた。

 身体を起こそうとして、四肢をも縛られていること。直に当たるシーツの感覚で、どうやら学生服は着ているらしいことがわかった。
 拘束され、仲魔も呼べない状況となれば、下手に抵抗しない方がいい。
「何の用だ」
「俺、夕飯がまだなんだ」
 鳴海の一言に、訝しんだ。
「・・・・・・我もだが?」
「奇遇だね。一緒に食べようよ」
 にこりと笑ったのだろうか。
 ぎしっとベッドの軋む音がして、相手の吐息が触れる程近づいた。
 柔らかい感触が雷堂の唇に・・・・・・。

 一瞬思考が止まって、雷堂は慌てて首を振った。

 何だ今のは!?
 生臭くて、ぬるっとした何かが触れてきたのだ。
 気持ち悪い。正体がわからいだけに、おぞましい。
「止めろ!」
 咄嗟に声を荒げて牽制した。だが、それがいけなかった。
 不用意に口を開いたばっかりに、そこに何かがねじ込まれる。
「・・・・・・っはぁ」
「どう? おいしい?」
「ふぉ! ほれはなんは」
「『こ! これはなんだ』? ・・・・・・当ててみろよ」
 禄に口を動かせない雷堂に、鳴海は更に奥まで入れる。
 蠢き、時折跳ねる「それ」に、雷堂は吐きそうになりながら考えた。

 我の口に入るくらいだから、太さは想像できる。
 蠢く、ということは、生き物であり、「食べようよ」と鳴海が云ったことから、これは食べ物に分類される筈だ。
 そして、この生臭さ。夏。立秋の前、と来れば。

 雷堂は、くぐもった声で答えを云う。
「う~な~ぃ~」
「正解♪」
 きゅぽん、と口内から鰻が引き抜かれ、雷堂は噎せた。
「・・・・・・貴様、物を粗末に扱うな」
「男たる唯一無二なものは、大切にしてるけど」
「・・・・・・そういう物言いを止めろというのだ!」
「雷堂が、素直に云うこと聞いてくれたらね」
 ぞっとする響きに、雷堂は急に冷や汗を掻いた。
「鳴海、さん?」
「たまには、さん付けもいいね。手加減してあげようかなって思っちゃうよ」
「・・・・・・」
「それにしても、学生服って何で真っ黒なのかねぇ」
「黒に限ったことではないが」
「まぁね。でも、こうして見ていると、雷堂が鰻みたいに見えてくるよ」
「は?」
 不意に顎に接吻けられ、雷堂は、ぴくっと震えた。
「いつもより過敏になってるね」
「五月蠅、い」
 声が途切れたのは、断じて嘗められたからではない。
 そのまま舌が首に向かい、喉仏を吸い、離れたと思えば、かりっと音が。
 上着の釦に噛みついたらしい。
 そこからどうやったのか、口と歯だけを使って鳴海は制服を脱がしていった。
 焦らすように、煽るように。殊更ゆっくりそれは続けられた。
 シャツ越しに胸を掠めたと思えば、臍の上の釦をねじ込むように嘗めてくる。
 初めは嫌悪と不快だけだった雷堂だが、胸の尖りを、布一枚の上から、かりっと噛まれる頃には、ぞくぞくと快感が走るようになった。
 視界を奪われることで感覚が鋭敏になり、鳴海の動きを痛い程感じてしまい、次の動きを追ってしまう。まるで、与えられる刺激を待ちわびるように。
 決してそんなことはないのに、冷静に考えれば考える程、興奮していくことに雷堂は気づいていなかった。

「我は、鰻などとは似ても似つかない」
 気を紛らわせようと、尖った声を出すと、くすりと笑う気配が。
「いや、似てるぜ。外は黒いけど、中は白い」
 鳴海は、雷堂の肌を撫で回す。
「しかも美味いときてる」
 下部を含まれて、雷堂はくぐもった悲鳴を漏らす。
 糞。今のは予測していなかった。
 不意打ちに、瞳が潤む。
 縛られているのは屈辱的だが、目を見られなくてよかったと思う。
 このように弱った自分など、あってはならないのだから。
 と、急に鳴海が雷堂から離れていった。
 そして
「俺のより小さいから大丈夫でしょ」
 疑問に思う間もなく、雷堂は激痛に四肢を突っぱねた。
 無理矢理、蕾にねじ込まれた物が、内部を荒らし暴れる。
 ―――は、食べる物だろうが!
 さっきまで自分の口に入っていた物が、下にまで入るなんて、巫山戯ている。

「勝手なことを・・・・・・っ!」
 雷堂は、悲鳴だけは漏らすまいと歯を食いしばる。
 だが、内部を変則的に掻き回す、ぬるぬるしたもの。
 掘るように、或いは穴を広げるように容赦なく打ち付ける凶器に、吐き気と快楽で気が狂いそうだった。
 こめかみから厭な汗が出て、顎を伝う。
 呑みきれなかった唾液が、だらしなくシーツを濡らしているのがわかる。
 何と惨めな。何という屈辱。
 それでも感じてしまう自分に、泣きそうになった。
 そこに、鳴海が追い打ちを掛ける。
「ね。鰻でいかされるってどんな気持ち?」
「我、は、そのようなことにはならぬ!」
「あー素直じゃないの」
 そんなところも可愛いね、と鳴海は雷堂のものを人差し指で弾いた。
「・・・・・・はっ、ん」
 
「鰻ってね。体が濡れていたら生きられるんだって。今のお前なら、どこでも濡れてるからな。今日は一緒に遊んでたらどう?」

 雷堂は弱々しく首を振る。

「それが厭なら、方法は一つしかないよ?」

「わかるよね?」
 
 天を向く自分にも、鰻が絡まり、絞られた。
 限界、だった。

「我に・・・・・・」
 横を向く助手に、鳴海はお仕置きとばかりに、弱い部分を摘む。
「・・・・・・っ!」
「何」
「我に」
 胸の尖りを引っ掻かれ、観念した。

 茫とした思考を、最後に回転させる。
 鳴海が満足する応えは何だ? くれ? 寄越せ? 
 雷堂は、唇を白くなるまで噛みしめた後、唸るように告げた。



「我を、食べてくれ」



 果たして、願いは聞き入れられた。



 その後、使われた鰻は、二人の夕食になったとかならなかったとか。
 
 どちらにしろ、書生という名の鰻は、美味しく頂かれたようだ。







                                    
2006.8.08