「業斗、夕飯だ」
ことりとも音をさせないで、雷堂は皿を置く。
溢さないように、飛び散らないように。
最新の注意で、恭しく業斗の目前へ。
いつもなら、直ぐに舌を伸ばす業斗が呼びかけた。
「熱すぎるぞ」
「すまぬ」
「ふうふうしろ」
「・・・・・・ふう?」
「こうするんだよ」
業斗は、少年の耳を呼び寄せ、穴に吐息を注いだ。
「業斗!?」
「何だ」
「何ではなく、今のは!?」
「強いて言うなら『ふう』だ」
「は!?」
「優しく且つ的確に大胆に。それが『ふうふう』の極意壱『ふう』だ」
「・・・・・・」
「もしや、お前」
業斗は白けた目で雷堂を見た。
「やらしいことを考えただろう」
「だ、断じてそんなことは!」
「・・・・・・さっさと皿に、ふうふうせんか」
「は、はい!」
雷堂は、慌てて皿を持ち上げる。
―――優しく且つ的確に大胆に。
少年は、完璧な造形の朱唇を窄め、艶やかな風を送った。
「・・・・・・こうだろうか」
「まだまだ。もう一回」
「はい!」
ふう。ふうふう。
「もう少し、こうできないか?」
「・・・・・・っ」
業斗が上目遣いで、雷堂の反対側から息を吹きかける。
なぜか早鐘を打つ心臓に、雷堂は居たたまれなくなった。
「ふうふうどころか、ふうすら満足にできないとは」
「申し訳ありません」
「これでは『ふう』の弐の極意、ましてや『ふうふう』等夢のまた夢だ」
「そんな・・・・・・」
「明日も同じことをしろ」
「は、い」
「上手くできるまで、俺は食わん」
「な!? それは駄目だ。いや、いけません」
業斗は、ふいと横を向き冷たい声を出す。
「どうするかな・・・・・・」
「お願いします。食べてください」
床に正座し、頭を下げた雷堂に、業斗は優しく、どこか軽薄に応じる。
「そこまで云うならば、考えなくもない」
おずおずと顔を上げた雷堂に、云ってやる。
「ほぐせ」
目付役、いや葛葉の長として、業斗は使命を与える。
「魚は小骨を取り、一口大かフレーク状にしろ。果物も勿論、皮を剥き、一口大に切れ」
「・・・・・・は、はぁ」
「厭なのか」
「そ、そんな」
「これは使命であり、修行だ」
「・・・・・・修行」
「できなければ、どんどん枷が増えていくぞ。今日も、一つ課題を与える」
「はっ」
「それが厭ならば、お前の責を目付の俺がかぶるだけだ」
耐えるように、業斗は視線をそらす。
「業斗童子の性なれば。それも、悪くない」
むしろ本望だ、と。
雷堂は、わなわなと震え、大声で宣言した。
「業斗童子! いや、初代様! 不肖十四代目葛葉雷堂、喜んでこの修行、いえ使命をお受けいたします!」
業斗は、はっとして雷堂を見つめる。
四つの眼が各々を捕らえ、そして想いを確認し合った。
「そうか! お前ならそう云ってくれると信じていたぞ!」
「はっ! ありがたき幸せです!」
もう一度、頭を下げた雷堂は、だから
業斗がにやりと笑ったことを知らない。
「では、今日の課題は・・・・・・」
「帰ったよ」
「お帰りなさい」
「かき氷もらったから食べよう」
誘う所長をちらりと見て、業斗は十四代目の膝に乗り上げる。
「雷堂」
「はい!」
そうして、雷堂はかき氷を口に含み
「・・・・・・はぁ?」
鳴海は、スプゥンを落とした。
そんな男を、ゆったり見据え、業斗は再び雷堂の閉じられた瞼を見つめた。
冷たくも甘い、口内。
今日の課題は『口移し』。
2006.9.11
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