交わる嘘。
重ならぬ想い。
訪れる別れが必然ならば、いっそお前ごと砕いてしまおうか。
― a conspiracy of silence ―
その日は朝から雨だった。
学校は休みなので、探偵社に籠もっていた雷堂はふと顔を上げた。
字面を追っていただけの書類を放りだし、窓から下をのぞき込む。
予感通りの光景に雷堂は唇を歪め、素早く階段を下りていった。
「見つかったのか」
「はい」
多聞天に着くと、雷堂はそう切り出した。
応じる相手も、雷同にそっくりな書生である。
顔の傷を除けば、写し鏡のような二人だが、双子でもなければ影法師でもない。
まぎれもなく、同じ人物。
けれど、違う者。
「葛葉」を継ぎし雷堂とライドウであった。
「明日、また角柱の探索に出かけたいのですが・・・・・・」
「迅速だな。それでこそ十四代目というもの」
「・・・・・・迷惑をかけます」
苦笑するライドウを雷堂は見つめた。
ライドウが往来を歩く時は、念のために雷堂は探偵社に身を潜めるようにしている。
更に警戒するならば、落ち合う場所も「名も無き神社」の方がいいのだが、あえてこの場所を選んだ。
多聞天は道に沿って建っているものの、筑土町の人間が殆ど立ち寄ることはなく、咄嗟に身を隠しやすい。
置き手紙をするにも都合がいいので、「ライドウ」との密会にはこの場所を使っていた。
「あと一本か」
「えぇ。ようやく帰れます」
―――帰る、か。
呑気に傘を差して微笑むライドウに、なぜか苛立ちが募った。
「ライドウよ」
もう一人の自分を呼んだ口に、酷薄な笑みを貼り付けた。
「我と剣を交えてみぬか」
「え・・・・・・?」
ライドウが答える前に、雷堂は刀を抜きはなった。
キン、と鋭い音が境内を震わす。
「何をするんです!?」
狼狽えながらも危なげなく雷堂の一太刀を受け止めたライドウに、ぺろりと唇を舐めてみせた。
「初めて逢った時の続きをしようぞ」
放り投げた傘の落下音が合図だった。
鍔を押す反動で後退した雷堂は、突きの構えを取る。
相手の口が反論を紡ぐ前に再び地を蹴った。
雨粒さえ両断する鋭さで刀を繰り出す。
「・・・・・・っ」
半身引いてかわしたライドウは、戸惑いのために反撃できず、縦に構えた刀で十字に受け止めた。
拮抗する力に、震えるように刀が鳴り、降りかかる雨が雫となって刃を滴り落ちる。
その振動は身体まで揺さぶるようであった。
「なぜ、このようなことを」
なぜ、どうして。
言葉以上に語りかけてくる瞳に、雷堂は呑み込まれそうになり更に腹がたった。
「我を乱すか、魔性よ」
「・・・・・・」
雷堂の食いしばるような声に、困惑する気配が伝わってきた。
その時、僅かに生まれた隙を逃さず、雷堂は脇腹を蹴り、ふっとばした。
たまらず地を這うライドウにすかさず擦り寄り、握られた刀を蹴飛ばす。
慌てて立ち上がろうとする手を踏みつけ、見下ろした。
「その程度か?」
「・・・・・・」
「その程度かと聞いている」
ぐい、と刀の先でライドウの顎を押し上げた。
「このように脆弱では元の世界に戻すわけにはいかぬな。」
「・・・・・・雷堂」
上目遣いで視線を絡ませるライドウに、興奮する。
そうだ。その目だ、その声だ。
雷堂を高ぶらせ、熱くさせるのは。
ライドウを引きずり起こし、のしかかった。
よく見れば、我とは全く違うではないか。
我はこのように澄んだ光を瞳に宿すことはない。
一回りは華奢な身体に、刀を握るにはすらりとした五指。
細い首は、手をかければ容易に折れてしまいそうで柔らかそうだ。
白磁の頬も滑らかで、清々とした匂いがする。
何が「同じ十四代目」だ。
ヤタガラスの使者め。眼が曇っているのは貴様の方だ。
これは我にして我ならず。
それでもまだ言い張るならば、
この者は―――我のものだ。
「角柱のことは、当分捨て置け。せめて貴様の腕が我に追いつくまでは、な」
雷堂は無言の相手に笑いかけ、噛みつくように唇を奪った。
それは獣の口づけ。所有の証。
愛よりも暴力的で、なお激しい。
刀を鞘に戻すと、ライドウに背を向けた。
「濡れてしまったな。帰るか・・・・・・」
同意を求めて振り返れば、銀の輝きが目を射た。
「・・・・・・何のつもりだ」
突きつけられたは、ライドウの刀。
「まだ帰らせません」
「・・・・・・我と戦い足りないのか?」
皮肉げに笑うと、「いいえ」と声がした。
「葛葉ライドウの力は、故なき暴力には使えません。ですが、世を乱すものに躊躇いはしない」
真っ直ぐな瞳が気に入らない。
かっとなった雷堂は、剛力をもって生意気な十四代目の顎を掴んだ。
「我が、世を乱すだと」
「僕をここに留めようとしている」
「貴様が」
「僕は元の世界に戻る。それが僕の使命です。そして、あなたの使命でもある」
「我は貴様に帰るなとは云っていない。もう少しここに、」
「では、あなたが僕の世界に来たらどうですか?」
「・・・・・・」
「できないでしょう。それとも思いつきませんでしたか、そんなことは」
「我は葛葉雷堂だ」
「僕は葛葉ライドウ」
「十四代目は二人もいらない。それが葛葉の掟」
ぴたりと刃を突きつけられて、雷堂は屈辱に震えた。
だが、同時に気づいてしまった。
どうしようもなくライドウに惹かれる理由を。
この場所を選んだわけを。
だからこそ想う。
我が、この口が、弱音を吐く前に
「殺せ」
「世を乱すものが我ならば、ライドウよ・・・・・・」
いっそこの身を砕いてしまえ、と。
我の想いごと。いっそ、重ならない想いならば。
この愚かにも幸福な時間を。
我の中の葛葉ライドウ、を。
ささやかな願いは許されるわけもないと、わかっているから。
わかっていたのに・・・・・・。
我は、おまえのことが・・・・・・
「僕は嫌いです」
ぴしゃりと言い切られる。
「僕を惑わすあなたが嫌いです」
それは、もしや。
ふらりと雷堂は近づいた。
「嫌い、です」
白磁の頬を挟み込む。
「・・・・・・我も嫌いだ」
そう云ってどちらからともなく唇を奪った。
言葉にできないならば許されないならば、せめて想いごと奪ってやる。
奪い、砕いて、嘘を吐く。
それでも出逢ったことは嘘ではないと。
狂恋。自分たちにはなんて相応しい言葉。
罪は曝かれずに、ただ互いの胸に堕ちる。
マントから雫が滴るようになった頃、二人はようやく離れた。
「帰りましょうか」
「あぁ。・・・・・・む?」
「どうしました?」
「傘が開かぬ」
見れば、雷堂の蝙蝠傘の骨部分が折れている。
「ふふふ、では相合い傘ですね」
「あい・・・・・・」
「近所の女学生が云ってましたよ」
ぽん、と傘を開いて手招きするライドウ。
こいつどこまでわかっているんだ、と雷堂は呆れながらも拒まない。
「・・・・・・帰るまで、手を握ってもいいですか?」
「・・・・・・あぁ」
言葉には出さず、全身で泣き濡れて、二人は手を繋いだ。
別れの日を迎えるために。
a conspiracy of silence : 沈黙の申し合わせ
雷堂の蹴りは美しく荒々しいだろうな、それをくらったライドウがなしくずしに襲われたらいいなと思って書きました(玉砕)
個人的に雷堂は体術が得意だといい。ライドウとの連携プレイがあるならば、ぜひ見たい! 某ネオロマンスゲームのように外伝作ってくださいスタッフ様(笑)
今回の誤字は、雷堂の「酷薄な笑み」→「告白な笑み」でした。
いや、告白はしますけど違うだろう(笑)
真面目なシーンだけに、ちょっと笑えました。
ククク、本音が漏れておるよ雷堂よ(お前だよ)
読了ありがとうございました! 2006.5.17
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