ふらりと現れた。
 その少年は、前触れもなく帝都に降り立った。
 完璧に均整のとれた肢体。
 薫ってきそうなほど、白く艶やかなその美貌。
 黒一色の衣装は、その輝きを更に匂い立たせて。
 
 だが、その瞳だけが、かつての精彩を削ぎ落とし。
 ただ、煌煌しいほど虚ろに妖しく、此方を見つめていた。











「ライドウ!?」
 突然の来訪者に探偵事務所の扉を開けた雷堂は、頓狂な声を上げた。
 それも無理はない。
 目前に立っている少年は、葛葉ライドウ。
 以前、この帝都に迷い込んだ異世界の我―――十四代目。
 そして、この手で元の世界へ送り返し、二度と会うこともないだろうと別れた存在であった。
「こんにちは」
 ふわりと微笑んだ少年は、間違いなくライドウだったが、違和感を覚えた。
「雷堂、少し時間を頂けませんか」
「構わぬが・・・・・・」
 会って早々、外へ誘う相手もどうかと思うが。
「遠出することになりますので、身辺整理をしておいた方がいいですよ」
 奇妙なことを云う。
 雷堂は、所長に一言声を掛け、扉を閉めた。

「それは里の指示か?」
「・・・・・・そうですね」
 ふっとライドウの笑みが、銀楼閣の闇に紛れる。

「葛葉の、要求です」












「懐かしいですね」
 境内の真ん中で、すぅと息をして、ライドウは瞼を閉じた。
 志乃田にある名も無き神社。
 真昼にも関わらず、陽光を遮り、肌寒いほどのその空間。
 清澄な空気を苦く吸い込みながら、雷堂は入り口の木の下で、ぼんやりと聞いていた。
 このような所に誘い出す十四代目の意図は何なのか。

 狐像の間を通り抜け、ライドウはかつて雷堂が待っていた場所で立ち止まる。
「貴方は、この傍に立っていた」
 独り言のように紡ぐ。
「業斗は、足下にいて・・・・・・でも、僕には中々喋りかけてくれなかった」
 くすくすと笑うその様は、思い出を懐かしんでいるだけではなく。
 どこか刹那的で。破滅的で。 
 雷堂の勘を裏切ることなく、ライドウは淫猥に唇を開く。

「刀を抜きなさい、雷堂」
 ぴりっと空間に亀裂が走った。
 止める間もなく、ライドウは宙に符を投げる。
 結界。
 二人は、その中に閉じこめられた。
 変じた場に、雷堂は眉を顰める。
 これは、何の茶番か。

「貴方の御首が、僕には必要なのです」
「は。貴様、何を云っている?」
「ゴウトの為に、葛葉に捧げる代償が必要なのです」
 多少、おかしな言動と行動を繰り返していた奴だったが、まさかここまで。
「冗談が過ぎるぞ」
「冗談? 貴方こそ・・・・・・巫山戯るな!」
 初めて一喝されて、雷堂はびくっとなる。
 かつん、とライドウが石畳を踏みならす。
「僕が此の世界に、わざわざ足を運んだのは何の為だとお思いですか」
 かつん、とまた一歩、ライドウが雷堂の元へ近づく。
「貴方に逢う為? 此の世界への未練? 確かに、それもあるでしょう。けれど」
 美しすぎる笑みを、ライドウはたたえる。
「ゴウトがいれば、それも耐えられた」
「・・・・・・」
「貴方の業斗は・・・・・・?」
「何故、そのようなことを聞く」
「決まっているでしょう?」
 穏やかな微笑みは、突如、毒のある艶麗な笑みに変わる。

「業斗の器があれば、ゴウトの魂をそこにいれられるのですよ」
 話が早いでしょう? と。

 ぞっとした。
 心底、ぞっとした。

 狂っている。
 いや、愛しい者を喪った故に、激情を向ける箇所を見つけられずにふらついている、狂恋の者だ。
 ・・・・・・喪った?
 まさか、
「お前、ゴウト殿は、もしや」
「五月蠅い! 黙れ黙れ! ゴウトは、生きている! きっと、何処かで! だから、魂を寄せる媒体が必要なだけだ!」
 ライドウは、殺気も顕わに吠える。
 ばっとマントを払い、刀の柄に手をかける。

「抜きなさい、雷堂」

「・・・・・・」

「抜かないならば、―――斬ります」

 静寂。

 風すらその空間には、吹き抜けない。
 両者、ぴくりとでも動けば、戦いは始まる。

 そして。


 境内に、火花が散った。










 真正面から一振りを受けとめると、刀に火花が散った。
 鍔迫り合いに、刀が悲鳴を上げる。
 それでも両者、一歩も引かず、真っ向から睨む。
 莫迦が、と吐き捨てた雷堂は、受けて立つぞ、と更に力を込める。
 たとえ論理破綻を起こしている者であろうと、信念を持って本気で刀を合わせてくるならば。
 葛葉ライドウとして、我に向かってくるならば。
 葛葉雷堂として、我は、我の敵を討ち滅ぼそう。
「容赦せぬぞ」
「無論。貴方、そんなに器用ではありませんから」
「挑発のつもりか。安いぞ」
 少しずつ相手を押していく雷堂は、ライドウの左足を思いっきり踏んだ。
「・・・・・・っ!」
「一対一の勝負だ。管は使うなよ」
 ぐりぐりと靴を踏みにじり、雷堂は、どうせ最期になるのだから一つ教えてやろうと、美しい顔を歪ませるライドウに笑いかけた。
「貴様、詠唱時に肩が上がりすぎだ。刀を振るう時もそうだが、腹ががら空きだぞ」
 合わせた鍔を支点に、雷堂は一回転して蹴りを叩き込む。
 まともに入って、吹っ飛んだライドウは、それでも倒れず、殺気も新たに刀を構え直す。
 日陰故に未だに朝露で湿っている草むらを踏みしめて。
 痛みに、肩で息をするライドウは、鋭い呼気を出して、精神から痛覚を排除する。
「貴方こそ、隙が多すぎです。一々、大振りなんですよ。もっと腋を締めたらどうですか」
「ふっ。今度は、腹を庇ったか」
 艶やかに微笑んで、低い位置から刀を繰り出してくるライドウ。
 雷堂は胴体を狙っていた刀をくるりと回転させ、柄の部分でライドウの顎を下から突き上げる。
 が、
「フェイクですよ」
 攻撃を読んでいたライドウは、自ら顎を上げ、大きく空振りをした雷堂の利き手を蹴り上げる。
「刀を放さないのは流石、かな」
 追撃を避けるかたちで横に逃げ、膝をついた雷堂に、ライドウは突っ込んでいく。
「僕の勝ちです」
 上段からの打ち込みに、雷堂は両手で刀を構えて受けとめ、耐える。
 幾ら、雷堂の方がやや力で勝っているとはいえ、全体重をかけた一撃には、歯を食いしばるしかない。
 並の剣士なら、一刀両断にされている。
 だが、携えているのは超一流の葛葉刀。
 扱うのは、誉れ高き葛葉雷堂。
 負けるわけには、いかないだろうが。

 咆吼。

 雷堂は、刀を跳ね上げ、体当たりした。
「なっ!?」
「足も弱いぞ!」
 そのまま石畳に押し倒し、雷堂は、刀を振り上げ。
「我が、其の命、貰うぞ」
 そして、やや紅潮している白い頬に―――。

 叩き入れた。


 はぁはぁ。
 はぁはぁ。


 互いの荒い呼吸だけが、耳を支配する。
 
「・・・・・・眼が醒めたか」
 反転させていた柄を、頬から外し、雷堂は椿が咲いたような、その部分を見つめる。
「・・・・・・」
「どうした」
「僕を殺さないのですか」
「阿呆が」
 雷堂は、帽子ごとライドウの頭を殴った。
「最後の最後で手抜きするような。このような骨抜きを斬ったとあれば、十四代目の名が泣くわ」

 雷堂が、馬乗りになって刀を振り下ろそうとした瞬間。
 ライドウは、両手を広げたのだ。
 その刃を、自ら受けとめるように、安らかな瞳で。
 ふん、と。
 雷堂が睨め付けると、ライドウは、ぽかんとして、くっくっくっと笑い出した。
「貴方には敵わないな」
「当然だろ」
「今だけですよ。唐変木」
「何だと!?」

「貴方の云った僕の弱点」
 ライドウの喉が、くっと鳴る。 
「全て、ゴウトから云われていたことなのですよ」
 眼を閉じて、深呼吸したライドウ。
 雷堂は、彼が泣き出すかと思ったのだが。
 ただ、ぼんやりと眼を合わせてきた。
「嗚呼、矢張りゴウトがいなければ僕は・・・・・・」
「莫迦が」
 ぴしゃりと、言葉を遮って雷堂はライドウの襟首を引っ掴み、身を起こさせる。
「ゴウトを、貴様が殺すのか」
「殺したのは、帝都です」
「・・・・・・」
「帝都に積もり積もった怨讐が、ゴウトを」
「だったら復讐してやればいいだろうが」
 息が当たるほどに近づき、雷堂は、暴言を吐く。
 これから、我は酷く愚かしいことを云う。
 だが、云わずにはいられなかった。
「ゴウトは、お前を生かす為に、助言をしてくれていたのだろう。もし自分がいなくなっても、お前が十四代目として帝都を守護できるように」
「・・・・・・」
「護るべき帝都に、そのゴウトを殺されたとほざくならな。護りながら、お前だけは生きろ。生き延びろ。ゴウトの欠片である、その教えを胸に、ゴウトをその心で護りながら、帝都を護れ。帝都が屠った筈のゴウトを、お前が生きることで生かし続けろ。屠り損ねたと、帝都を悔しがらせろ」

「全てを帝都に喰われるな。葛葉ライドウ」
 ぽろり、とライドウの瞳から涙が零れる。

「僕、は」
 貴方に殺されるつもりだったのです。
「は?」
「葛葉が本当に云ってきた条件は、僕の身体を捧げることでした」
 紅い頬に、すっと一筋伝う雫を、雷堂は舐め取る。
 まるで猫のように。
「貴様の身体は、黒くないが?」
「僕の身体は、ゴウトの気配と記憶が何よりも色濃く遺っている」
 うっとりとライドウは語る。
「特例、というやつでしょう」
「・・・・・・」
「けれど、自分で死ぬのも躊躇われた。だから、せめて殺してくれる相手を探そうと思って」
「我を選んだのか」

 ふっと、ライドウは儚い笑みを浮かべた。

「僕が勝てば貴方の身体を持って帰るつもりでしたけど」
「さらっと凄いことを云うな」
「一応、忠告はしましたよ? 『身辺整理はしておけ』と」
 
 雷堂の頬に白い手が添えられる。
 甘い仕草に、雷堂はその指を捕らえ、接吻ける。
 前に逢った時よりも、やや細くなったその五指を。
 だが、この手はまだ死んでいない。
 これからも、易々と死なせはしない。
 ライドウが雷堂を殺さなかったように。
 自分で自分を殺すなどと。
 させてなるものか。
 我らの誇りを、名を、地に貶めることは。
 
 雷堂は、かりっと二人分の小指を噛んで、紅い跡をつけ、立ち上がる。

「行くぞ」
「何処へ」
「決まっているだろう」
 雷堂は、振り返りもせずに進んでいく。
 ライドウは、座り込んだまま首を傾げていたが、やがて合点がいったらしく、立ち上がる。
 結界を解いた瞬間、昏い木々の間から、朱金の陽が二人を照らし出した。











「厭だ! ゴウトは猫がいいよう!」
「五月蠅い! 烏しかいなかったのだから仕方なかろう!」
「ヤタガラスの使者よ。俺、引退したいのだが」
「無理ですね」
 にこりと微笑む使者は、羽をもつゴウトに囁いた。

「少なくとも十四代目がいる限りは、ね」













 いやーすっきり!
 戦闘シーンを書くと、何故かすっきりしますよ! はっはっはっ。
 というか、これ一日で仕上げるなら、他に書く物あるだろう梶浦さんよ。
 でも、楽しかったんだ! 書きたかったんだ戦闘シーン。
 前に、雷堂から攻撃を仕掛けた物を書いたので、今回は、ライドウさんから迫る感じで。英語名なのも、そのせいです。
 書きながら、紙媒体にしようかなぁと思ったのですが、あまりにも甘くなく、三角(四角?)関係の末、過激発言がばんばか飛んでいたので、さくっとした(?)オチにしてアップしてみました。
 ラストの前には、そりゃあもうゴリ押しと脅しに近い交渉が、繰り広げられたことでしょう。
 この二人がタッグを組んだら、割と最強な気がするんですが、さて。


 まだまだ書きたい&書かなきゃならぬ物が、てんこ盛りなので、今回はこの辺で!

toxic:中毒性のある

                                   2006.12.02