―――
麗しき彼の黒は






「国士無双」
「四暗刻ネ!」
「緑一色だな」
「・・・・・・」

 戦場は地獄と化していた。
 戦場・・・・・・それは己の黒髪を賭けた凄絶なる賭け麻雀。
 戦士たちは悪魔の如き軍配をふるい、勝者のもとには役満ばかりが揃う。
 殺気に満ちた室内は、もはや不浄門の内部。
 ―――敗者には恥辱にまみれた断髪式を。
 そこに悠然と座る者達に、手加減はない。

 鳴海は持ち前の勝負強さで早々と他との点差を広げている。
 ラスプーチンは持ち前の頭脳で戦局を見切り、鳴海を牽制。
 ゴウトも手堅く点数を稼ぎ、隙あらば逆転するつもりだろう。
 ライドウはというと、勘はいいのだが後一歩のところで出し抜かれてしまう。
 現時点で最下位のライドウに、ラスプーチンはいやらしい笑みを送った。
「おやおやデビルサマナーくん。どうやらミーの色気に参ったようだネ。どうだイ? 泣いて謝るなら一晩つきあうだけで許してあげるヨ」
 ダークサマナーの手がライドウの顎にかかる。その直前、鳴海にはたかれた。
「おい人形溺愛ド変態。ライドウを誘惑するんじゃねぇ。頭巾かぶせて魔トさまって呼ぶぞ」
「むきー! ミーの魔トリョーシカを侮辱する気!? ぼんくらタンテイメ!」
「はっ! ライドウを好きにしていいのは所長の俺だけだもんね」

「アホども。俺のロンだ」

 ゴウトは鮮やかに牌を公開した。
「いつの間に!」
「このヘボたんてい! ユーが話しかけるカラ!」
「なんだとう!?」
 ぎゃあぎゃあと低レベルでののしりあう成人に溜息を吐き、ふとゴウトはライドウに向き直った。
「安心しろ。俺が勝ってみせる」
「・・・・・・」
 青ざめているライドウに、「そんなにもみあげ大事か」と内心呟き、ゴウトも沈黙した。
 もし、ライドウが負ければ使命に差し支えがでるかもしれない。
 幾度も死線をくぐり抜けた葛葉ライドウとはいえ、やはり心揺れる十七歳。
 屈辱に家出くらいはするかもな。もしくは悪魔千体斬り。
 万が一の時は、持ち前のしなやかな強さで乗り切ってほしいが。
 もしかすると今までで、一番辛く苦しく深い傷を残す戦いになるかもしれない・・・・・。

 ラスプーチンもご自慢の髭を剃られれば落ち込むかもしれないが、自業自得だ。
 かえって「色気が増した」などとスキップしながら銀座あたりを徘徊する気もする。

 ・・・・・・鳴海は清貧に甘んじるといいのだが。いや、奴のことだ。「旅に出る」と書き置きをした後、行脚修行と称して全国で婦女子を口説き、髪が元通りになったところで意気揚々と帰ってくるに違いない。

 そして俺は・・・・・・。
 ぶるっと震え、ゴウトは決意も新たにライドウを励ました。
「あいつらのいいようにはさせん。十四代目、お前は自分を見失わないよう牌に集中しろ」
「・・・・・・はい」
 俯くライドウを、ゴウトはじっと見つめた。

 この勝負、絶対に負けられない。





 数時間後、予想を裏切り優勝したのはライドウだった。
「くそぅ。あそこでもう一手、早く来ればなぁ」
「ユーは油断ネ」
「お前も負けたくせにぃ」
 火花を散らす鳴海とラスプーチンを黒猫が止める。
「前半でお前達は勝ちすぎたんだ」
「でもねぇ」
 歯がみする二人に、ゴウトは厳かに告げた。
「序盤、不調のライドウが遅れてつきを拾ったまでのこと。不思議はあるまい。むしろその強運は十四代目を継ぐにふさわしいと証明したのだよ」
「ありがとうございます、初代」
「その名は呼ぶなって」
 微苦笑を浮かべたゴウトは、大人しくライドウに撫でられた。
 猫らしい甘い声が出たが、ゴウトもまんざらではないようだ。

「でもネ~」
 和やかな雰囲気の中に、一点の黒を落とす者達がいた。
「ライドウが勝ったなら、ゴウトが毛を剃るんじゃなかった?」

「し、しまったー!!!」

 慌てて逃げようとしたゴウトは、時既に遅し、鳴海に首根っこを掴まれ宙に持ち上げられた。
 にんまりと笑う鳴海が、これほど不気味に思えたことはない。
 背筋に嫌な汗が流れるのを感じ、ゴウトは戦慄した。
「はぁい。ゴウトちゃん、おとなしくしてねぇ。今から楽しい楽しい剃り剃りの時間だよ~」
「葛葉ヨ。何の文字を入れてほしいかネ?」
「んっふっふっ。ライドウちゃん、早くぅ」
 どす黒いオーラを出して、つめよる腹黒二人組。
 ゴウトは、すがるようにライドウを見つめた。

「・・・・・・ライドウ」

 切ないその声音。
 無言のライドウ。
 しびれを切らした鳴海は、鋏を取り出した。
「とりあえず軽く切っちゃおっか」
 悪魔の笑みで鋏を構える。
 その表情が不意に固まった。
 ゴウトが消えたのだ。

「あれ?」

 部屋を見渡せば、いつの間にかライドウの腕に抱かれた黒猫。
 ライドウに奪われた、といった方がいいのか。
 ゴウト自身、目をしばたたかせて突然のことに驚いていた。
 
「僕がやりますから手出しは無用です」

 そう云って、ライドウは探偵事務所を出て行く。
 不意の静寂に、ぽつりと呟きが漏れた。
「ライドウ怒ってたね」
「そうだネ」
「俺たち何かした?」
「ユーだけだろ。ミーは関係ナイ」
「ところでおまえ何しに来たの?」
「あ・・・・・・」
 取り残された元凶たちは、思わず顔を見合わせた。









 黙々と歩みを進めていたライドウは、屋上の扉を開き、ようやくゴウトを解放した。
 
「ここへ来るのは初めてですね」

 銀楼閣の頂上から見える帝都の夕陽。
 息を呑むほど美しかったが、ゴウトはあえてその輝きに背を向ける。
「ライドウ・・・・・・怒ったのか?」
「いいえ・・・・・・」
 言葉を探す彼を辛抱強くゴウトは待った。
「あなたが誰かに貶められることに、我慢ならなくて」
「・・・・・・」
「それに、ダークサマナーの髭を剃るのも鳴海さんの坊主を見るのも・・・・・・」
 ちょっと笑ってライドウは
「見たいですが、遠慮したくて」
 あの場を去ったんです、と。
「すみません、短慮でした」
「いや、そんなことはない。おまえは」
 どう話したものかとゴウトも言葉に詰まる。

 恐らくライドウは呆れるほど純粋なのだ。
 「葛葉ライドウ」の名に対して。向かう姿勢、想い全て。
 純粋という名の執着。
 それ故に、初代が被る屈辱が許せないのだろう。

 ゴウトにとっては嬉しいことだが、
「おまえは勝ったのだ。たとえあの場から離れたとしても、勝利者の権利がなくなるわけではない。まぁ剃られたくはないのだが、他のことでもいい。何か云ってみろ」
 ゴウトはわざと胸を張った。俺はおまえの味方だぞ、と。
 「・・・・・・僕ひとりの勝利ではありませんから」
 急にそわそわと視線を動かすライドウに、ゴウトは何かに気づいた。
「いかさまをしたのか・・・・・・」
「いいえ。佐竹さんから、こつを教えてもらったんです」
 
 好む役、牌を待つ癖、本人も知らない微妙な表情の変化を、ライドウは玄人に伝授してもらったのだ。
 教えてもらったといっても何度も通いつめるうちにライドウが自然と学んだことだったが、そこは人情の佐竹。羽黒組の面子。「何だか放っておけない」ライドウに、寄ってたかってアドバイスした結果、今や揺さぶりさえできる十四代目になった。

 ゴウトは今日の戦いを思い出し、はっとした。
「序盤で負け越していたのは、まさか」

 ライドウはきれいに笑った。


「勝っているつもりで、見切られていたのはこちらの方だったのだな」 
 感嘆するゴウトにライドウは言葉を濁した。

 いくら教えを請うたとはいえ、ライドウは年季が浅く、玄人も馬鹿正直に奥義までは教えはしない。
 今回の勝利は、葛葉ライドウの麻雀センス・勘のよさ・強運、全てが一致して拾った勝利だった。
 それも博打の醍醐味であり、粋なのである。
 しかし、大っぴらにそれを告げるのも憚られてライドウは口には出さない。
 何より本当に勝ちたかった理由は、博打を楽しむためではない。
 ゴウトの瞳を覗き込み、深い部分に根ざす想いを口にした。
 
「あなたの名を汚すわけにはいきませんから」
 ゴウトはぴくりと耳を動かした。

「・・・・・・ライドウ」
「はい」
「葛葉の名は重たいか」
 すぐには答えず、ライドウは夕闇を見つめる。
 


「その重みも、僕の誇りです」



 そう云って微笑むとライドウはゴウトに膝を折った。

「あなたの名を継ぎ、あなたが認めてくれる葛葉ライドウになる。それが僕の望み。
 ですからそれまで」



 ―――あなたは傍にいてくれますか。



 答えるかわりにゴウトは擦り寄り、ライドウの髪を唇ですくう。



 ―――麗しき漆黒の後継者よ。



 甘噛みし、恭しく口づけた。








 
 な、なんとか後書きまでこぎ着けました。
 ばたばたしましたが、「麗しき漆黒の」完結です。
 読んで下さり、誠にありがとうございます。
 うぅ自分の技量のなさが辛いっす。

 結局、奪われたのはルパン風に言うと(なぜ)あれですね。

「あなたの心を奪っていったのです(とっつぁん)」

 ・・・・・・自分で言ってて穴に入りたくなりました。

 ラスプーチンはライドウに用があって事務所を訪れたらしいですね(他人事)暇つぶしに鳴海をからかうつもりが、逆に調子を崩されたようです(笑)もう、そのままのラス様でいてくれ★
 ちなみに所長が言ってたあだ名は友人がつけました(笑)ここの存在は知らないだろうが、ふふふありがとうよ。

 ちなみに管理人は麻雀の知識、ほぼ皆無です!(オイ)
 ゲームでは殆どやらないのですが、さっき参考までにやると、
「ハネ満 ドラ2 清一色」で勝てました。意味はさっぱりですが、攻略本によるとまぁまぁらしい。麻雀歴はこれで、子供の頃にやったウル●ラマン麻雀と超力! ・・・・・・真っ直ぐに脇道行ってますね。

 次は何を書こうか思案中。
 今、ちょろちょろ書いているのはエロだし。しかもゴウラ・・・・・・げふんげふん。
 佐竹さんと定吉の話も考えているのですが、遊郭での色々とかサド吉(!)暴れん坊とかしか思い付きません。どうしたものか・・・・・・。あぁ嬉しい悩みv
 精進しなければ! それでは次のSSでお会いできますように♪

                                   2006.5.20