天を仰ぎ、雲間から降りてきた光に、始まりを知った。
山の中、唯一、開かれた野の原で。
雷堂は、刀を振るう。
見えぬ敵、想定される戦場、舞い落ちる黄葉、迷い、果ては己自身に。
一連の動作を終え、雷堂は刀を構え直す。
締めに葛葉流の型を稽古するのは、日課となっていた。
それは、或いは舞うように、或いは他者をひれ伏させる使役のように、繰り返される。
あまりの美しさと神々しさには、葛葉刀に操られているのかと見紛うほど。
雷堂が名に焦がれた、一つの要因でもあった。
すうと息をし、吐く息で、空間を己で満たし。
斬るというより、刀そのものとなって―――。
天を割り、地を撫で。
魂の在りどころを探り、無に帰す。
森羅万象を喚び寄せ、流れに己を自覚し、霧散し、揺蕩い、悟り。
刀を収める音で、現世の「我」に戻ってくる。
「見事ですね」
背後から、声が掛かった。
凪の心に、驟雨が降る。
近づいた声は、天上の舞のようでした、と囁き。
「”天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ”」
ライドウが詠えば
「・・・・・・某の ”姿 しばしとどめむ”」
受けて、雷堂も吟ずるが。
「すみません、怒っていますか」
「・・・・・・少なくとも、我は乙女ではない」
「純情ではありますよね」
くすくすと、乙女のように笑うライドウに、雷堂は背を向けた。
今日の修練は、まだ残っている。
崩されそうな平常心をどうにか保ち、その場を去る。
「雷堂」
「・・・・・・何だ」
「お弁当を持ってきたんです」
歩みが、止まる。
「業斗達も来ていますから、皆で食べましょう」
雷堂は、ゆっくりと振り返り、其の地に留まった。
「今日は僕の手作りですよ」
ライドウは、ぱかっと重箱を開いた。
「・・・・・・何だ此は」
ちゃっかり風呂敷を広げ、花見のような場所取りをしていたゴウトと業斗は、沈黙した。
後からライドウと共に黄葉の下を通り、席に着いた雷堂も、暫し絶句した。
歪、というのも躊躇われる、多角形。
海苔が巻かれている隙間から微かに見える、米粒に、正体を知る。 此の名は、握り飯でよかっただろうか。
だが、その他は筆舌に尽くし難く。つまりは、云いたくない。
元は、蕩けていた筈のチーズと梅干しと何故かシナモンの組み合わされた物体。
或いは、海苔と海苔・・・・・・いや、後者の海苔は、どうやら「日焼けした」焼き魚・・・・・・を粉々にして珈琲の粉と一緒に、白飯に振り掛けた異物。
焼き芋や大学芋を具にしたものは、まだ、ましだろうか?
中には、綺麗すぎるものもあるが、罠のようで恐ろしい。
とりあえず、選択肢を誤れば、死に至る。
それだけは、わかる。
ライドウは、皆の脂汗が見えているのかいないのか、得意そうに説明を始めた。
「此は僕が、葛葉ライドウになった際に初めて作った料理です」
「料理・・・・・・?」
「な、名前は?」
「御結び、ですよ。知らないのですか?」
「いや、知っている、が」
「伝説によれば、初代葛葉ライドウ様が、初めて作った料理なのだとか」
「え?」
「何かの折に、御自らお作りになられ、一族に出されたとか」
「・・・・・・」
「葛葉一族と初代様を結ぶ、御・結びと云われ、今では襲名する度に、作り、食すことになっています」
「・・・・・・そうなのか? ゴウト」
「さ、さぁ? 業斗のところは?」
「さて、な」
こほん、と咳払いしたのは、雷堂だった。
ライドウが、じぃっと見つめている。皆の視線が集まった所で、にこりと笑った。
「さぁ、召し上がれv」
グールも、かくやの顔色で、一人と一匹、いや、三人は、爆心地を見る。
「ロシアンルーレット、だ、な」
「弾は一発じゃないようだが」
「そもそも空砲は、あるのか」
「一つは、俺が作ったぞ」
「業斗が!?」
「我が、頂く」
眼を凝らし、雷堂は重箱の中から、一つを選び出す。
「正解だ」
にやりと笑った業斗童子に、雷堂は極上の笑みを浮かべる。
「美味いぞ。流石、業斗だな」
「それが空砲だったのか!?」
ゴウトが愕然とする。
「・・・・・・馳走になった。修練が残っている故、我は、これで」
雷堂は、そそくさと退散しようとして、
「酷い」
横からの声に、全員が眼をやる。
「僕の御結びを選ばないなんて・・・・・・!」
しまった、と雷堂は謝罪の言葉を云おうとして
「業斗と僕とどっちが好きなのですか」
そこかよ、と黙り込む一行。
「業斗なのですね・・・・・・」
雷堂は、莫迦莫迦しくなって、言い訳もせず、茶を啜った。
「うわ~ん、雷堂の莫迦! こうなったら、雷堂の恥ずかしい写真をばらまいてやる!」
ぐはぁっ!
全員が、雷堂ですら、茶を噴き出した。
「ちょっ、ちょっと待て! 何だその写真というのは!」
ばっと雷堂は立ち上がった。
続いて、業斗が眼を光らせた。
「ライドウ、それは興奮するものか」
「業斗には上げませんよ」
「ゴウトの恥ずかしい写真と交換しようぜ」
「承知致しました」
『待て。貴様等』
ゴウトと雷堂の声がはもる。
「何だ。今、いい所なんだが」
「邪魔しないでくださいよお二方」
『あのなぁ貴様等』
「あ、ゴウトは雷堂の味方なんだ」
「ふん。お前等は、一緒に修行でも何処へでも行けばいいだろう」
『くだらぬことで拗ねるなぁ!!!』
『ふっ。では、二人に問う』
不穏な空気にも負けず、いや、対抗すらしてライドウ・業斗ペアは、同時に愚痴った。
俺と、僕と、
『修行とどっちが大切なんだ!』
『・・・・・・』
絶句した雷堂に、ライドウは、つかつかと近づき、ぐいと顔を寄せてきた。
「直ぐに答えられないのですか」
「・・・・・・いや、その。それはだな」
「僕ですよね」
「・・・・・・」
「やっぱり写真を」
「待て、十四代目の」
おろおろする雷堂の双眸を、ライドウは奥の奥まで見つめた。
「ふーん、わかりました。では僕に接吻けしてくれたら機嫌を直します」
勿論、皆の前で、ですよ。
脅迫にも似たライドウの言いぐさに、「何でそうなる!?」と雷堂は怒りと羞恥で震えた。
何なのだこいつは。
しかも、ゴウトと業斗の、興味津々な顔つき。
止めろ! 頼むから止めてくれ! この乙女サマナーを!
って、ゴウト、いつの間にライドウ陣営に入ったのだ!?
しかし、助けを求める視線と心中の叫びは、叶えられる筈もなく。
迫る、美しすぎる顔から、せめて視線を逸らす。
そして、ふと、雷堂は、もう一度重箱に眼を向ける。
此と思われる一つを選び、半分口に入れ、
「ん・・・・・・あっ」
口に含まなかった半分を、ライドウに咥えさせた。
両方から、穀は食べられ、唇は近づいていく。
ライドウにより捧げられた穀物は、雷堂によっても捧げられたのだ。
そして、唇が触れる直前の一粒を互いに噛み切り、嚥下し、そのまま離れた。
「接吻けされるかと思ったのに・・・・・・」
ライドウが、滑る唇で微笑む。
「たまには、このような駆け引きもいいだろう」
「ぞくぞくはしましたけど・・・・・・」
足りません、とライドウは、詰め寄り・・・・・・。
其の日、久しぶりに探偵社に帰ってきた鳴海は、異臭に首を傾げたが、ぐったりした雷堂と黒猫達、反して此の世の春が来たかのようなライドウの満面の笑みに、楽しいことがあったらしいと推測し、ねぇねぇと話しかけたのだった。
後日。
「何で彼の握り飯を選んだのだ?」
何故、彼の中から安全な物を選べたのか。
逃げることもできたろうに。
見上げる黒猫と書生に、見ればわかるだろう、と雷堂は嘯く。
「我だけの為に作られた御結びだったからさ」
書く度に謝っている梶浦です。
4000のキリリク遅くなって&変なのを書いてすみませんんん!
というか今は、カウンター幾つなんだ?(見てない)ありがたき申告で、知るワタクシ。
「業斗と僕とどちらが好きですか?」と訊き、あまりのアホい質問に怒った雷様が答えないでいると、「業斗なのですね」と拗ねるライ様。
「くだらぬことで拗ねるな」と雷様がまた怒り、「では僕に接吻けしてくれたら機嫌を直します」と言うライ様。
超力ツボなこのリクを、また阿呆にしてしまいましたよ。というか、毎回こんなに素敵なリクやら話やらを考えつく、しなべさんがス・ゴ・イv
引用した和歌は、小倉百人一首です。五節の舞姫ということで、大嘗会にも引っ掛け、お弁当ネタになったんですが、うーんうーん。ぐはっ!
ポッキーゲームならぬ、えぇと何て言うんだろう・・・・・・あ、ちょっと恥ずかしくなってきた。内緒にしておこう。
広●苑だったら大嘗祭で載ってると思うのですが、大嘗会は、十一月に新穀を神に捧げ、御身もまた食す、という祭儀です。即位後に行う、食べる、ということで、十四代目にも、襲名後、自らの手で作って食してもらいました。しっかし、祭儀とはいえ、穀物を生でばーりぼーり食べるというのは、本当なんだろうか・・・・・・。
五節の舞は、その際に奉じられる天女の舞です。五人か四人の乙女で舞われ(ここにも少しネタを被らせていますがさておき)、引用した和歌では、天女(乙女)を、帰したくないよ~と詠っているのですが・・・・・・無用な説明だったですか、はい、すみません。いや、書いておいて言うのもどうかと思うのですが、梶浦之介は和歌の知識に乏しいのでビクビクしながら仕上げまして! ・・・・・・本当は暗誦すらできねぇっす。なけなしの知識っす。国語は、勘で解いていた!
思想的なものも、ごちゃ混ぜかも・・・・・・! すみませ・・・・・・!
愚作で申し訳ありませんでした! ここまで読んで下さって、本当にありがとうございました。ぜひ、駄目だしをしてくださいませ!
2006.10.30
|