汗ばんだ身体が乾いてきた頃。
ゆるりと半身を起こし、煙管を咥えた。
「それは、あたしんだよ」
背に豊満な胸が押しつけられ、白い腕がするすると這ってきた。
「たまにはいいだろ?」
「しょうがないねぇ。今日だけだよ」
舌っ足らずな女の声が、神経に不快な甘さで潜り込んでくる。
眉を顰めさえしなかったが、男は礼も言わなかった。
つれない態度に、女は「ねぇ」と囁いてきた。
「最近ぼんやりしてるねぇ。どうかしたのかい?」
「ん・・・・・・ちょっとね」
「はっきりしないねぇ」
・・・・・・此の匂いにも飽きたな。
きつすぎる化粧の香り。其れを消すように、煙を吐く。
「言ったって信じないだろ?」
「・・・・・・何だい。はっきり言いいなよ!」
潮時だな、と煙管を置いた。
女が何か叫いたが、男は身繕いをして、早々に見世を後にした。
逢った当初は、口数の少ない殊勝な女だった。
見世に通う内に段々とうち解けていき、隣で朝を迎えた時は真っ赤になって。
初心な態度が可愛かった。
だが、しなだれかかって此方を誘うようになると、男の熱は冷めてしまった。
それでも、ただ一時の寂しさを慰める相手と割り切っていた内はよかったが、金子はいらないよ、となってくるとややこしい。
さっさと切り上げるか、適当に言い訳をして帰った方がいい。
寂しいと眼を伏せる仕草はそそられるものがあるが、不満だと金切り声と恨み辛みを言ってくると興ざめになる。一生連れ添ってくれと打算塗れで見てくるのも白ける。
客に望む台詞を言わせてこその遊女じゃないのか?
惚れたら負けと知っている筈なのに。
嗚呼、矢張り駆け引きのわかる玄人とつき合うべきだった。
生娘のような女を相手にするなんて、魔が差したとしか思えない。
息抜きに行って肩が凝ったら、意味がないだろうに。
従順で、恨み言一つ言わず、だが自分に溺れきらない。
掴んでいるつもりで、捕らえきれない・・・・・・
「そんな相手はいないかねぇ」
ふと浮かんだ顔に、鳴海は髪を掻きむしる。
「―――勘弁してくれよ」
彼奴は、女じゃねぇよ。
感じた視線を追えば、
「本当に勘弁してくれ」
月光を浴びて猶、闇を纏う少年に文句を言いながらも、ふらふらと歩み寄ってしまった。
さっき女の中で果てたのは、何だったのだろう。
何度でも膨らむ欲の塊に、鳴海は知らず呻く。
―――鳴海さん。
打ち付ける音と布の擦れる音よりも、鮮明な其の声。
―――鳴海さん。
目尻に堪った雫を舐めとり、更に腰を動かす。
「ライドウ。出していい?」
「駄目です」
「・・・・・・出す」
駄々を捏ねる男に、仕方のない方ですね、と少年も腰をくねらす。
紅く尖った胸の頂きを見れば、少年も余裕がなかったのだと悟る。
―――こいつ、わざと俺に言わせたのか。
意地悪く抓ってやると、容易にその躰は啼いた。
「欲しいって言ってみろよ」
「・・・・・・やっ」
「此処は素直なのにな」
根元を堰き止めて、先を弄ってやる。
かび臭い場末の宿で。
使命で疲れ切った若い躰を引き裂いて。
申し訳程度に敷かれた布団まで歩くのももどかしく。
扉の傍で、喘がせ、咥えさせ、互いの体液に塗れていく。
「欲しいって云うまで、出させてやらないから」
思うさま動く反面、少年の其処を強く握る。
厭々と首を振り、しがみつく様が、可愛くて。
だが、望んだ言葉を口にしない唇が苛立たしくて。
わざと先に、自分を解放する。
出しながら、止まることなく中を擦ってやる。
「鳴海、さ・・・っ」
「ん?」
「もう―――」
―――許して下さい。
「・・・・・・厭だ」
かたかたと震える腰を捕らえて、更に奥へ奥へと自身を埋めていく。
くっ、と呻いた後、ニヤリと笑った。
「きちんと言えるまで、離さないから」
あの夜を境に、鳴海は以前よりも頻繁に探偵社に戻るようになった。
ライドウが帰社するのが、楽しみでならない。
今日こそは、思い通りの台詞を云わせてやろうと息巻いている。
夜中に外で逢えば草むらか壁面に躰を縫い止め、少年が懇願するまで離してやらない。
・・・・・・もしかすると、いいように云わされているのは自分の方かもしれない。
だが。
従順な躰。
朝には禊ぎをしたかのように、清らかになるその瞳。
滅多に微笑まない口元。
いつか完全に支配する時が来るまで。
鳴海は、飽きることなく蜜まみれになっていく。
2007.2.13
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