「たまに思うよ。自分が自分でなくなればいいのにって」
雨が降っている。静かに降っている。
雫に溶け込む湿った声。
時折、此の男は、透けてしまう。
此処から消えてしまいそうな、脆さを見せる。
ベッドで膝を抱えて、寒くもないのに子供のように震えるのだ。
「楽しいこともあるけど、辛いことも多すぎるよ。どうして純粋に生きていることに満足できないんだろう?」
「それが進化ということではないのか」
「向上心がなければ、変革は望めないかな?」
若いね、と笑った。
また震えた男に、上着を掛けてやった。
「学生服なんて、何時着たっけ? 若く見える?」
鳴海は、両腕を広げて、くしゃっと顔を歪める。
其の仕草は、笑みというべきか。
大人になることは、寂しくなることなのだろうか。
寂しさを説明できることなのだろうか。
「過去は辛いか」
「少しずつ・・・・・・を、許しているのかもしれない。
赦されているのかもしれない。
過去の輝かしい思い出があるから、生きていける時もある」
断片的な想い。
具体的な事は、何一つ語らない。狡い。だが。
不器用な奴なりの、表現。
追い詰められて漸く、傷を見せてくれたことには、嬉しさを感じてもいいのだろうか。
「現実は辛いか」
「それだけとはいえない」
「では、何故震える?」
はらり、と上着が落ちた。
「・・・・・・聞いてどうする」
「聞きたいのだ。お前の事を」
「・・・・・・」
喘ぐ。
浅い呼吸が、泣き声のように我の躰に響く。
自我崩壊ぎりぎりになって、穏やかな口調に変化する、戻る、男の。
頬に、手を添えて、待てば。



「愛してくれ」



男は、我にしがみつき。
やっと涙を流した。










2008.4.20