あの空は、近すぎる。






蒼壁







「はぁい探偵さん! コーヒーいれてくれる?」
 勢いよく現れた記者に、鳴海は頭を抱え、机を叩いた。
「タヱちゃん。何度も何度も何度でも云うけど、ここは探偵事務所! カフェーじゃないの!」
「あら、また新しい名刺が必要なようね」
 パン、と小気味よく机に叩きつけ、タヱこと朝倉葵鳥は笑みを浮かべた。
「私だって何度も何度も何度でも、名前を呼んでもらうまであなたに挑戦しますからね!」
「そういうことは、違う駈け引きの時に云ってほしいなぁ」
「竜宮のツケが払い終えられたらね」

「ごちそうさまです」

 振り向く先には書生が一人。合掌している。
「ライドウちゃん、どこでそんなこと覚えてくるの」
「単にお昼ご飯を食べ終えただけよね !?」
 タヱはむきになって訂正した。
「あら、ライドウ君。残しすぎじゃない?」
 見れば、皿に盛りつけてあった量の半分ほどしか減っていない。
「最近いっつもそうだよな」
「・・・・・・すみません」
「いや、謝ってほしいんじゃなくてね」
 鳴海は髪を掻き上げた。
「悩むなら悩むで相談してよ。これでも俺、ライドウちゃんより長く生きてるんだからさ」
「・・・・・・」
「もし云えないならねぇ・・・・・・食事は残すな」
 指の間で、鳴海の目が昏く光る。
 滅多に見ない鳴海の冷たさに、タヱは慌ててフォローする。
「そんな言い方しなくても。ね、ライドウ君」


「・・・・・・失礼します」


 真っ青になって出て行くライドウを、追いかける者はいない。


「ちょっと鳴海さん」
「後追いは無用だよ、タヱちゃん」
「そうじゃなくて。なぜ、わざと辛くあたったの?」
「あいつが可愛いからね」
「え・・・・・・」
「聞き逃したならいいよ」
 詰め寄るタヱを、鳴海はどこか遠くに感じ、ぼんやり宙を眺めた。











 逃げるように電車に乗り、ようやくライドウは立ち止まった。
 揺られて、自分の内側まで揺さぶられそうになるのを必死に堪え、
 目指した先は

 あの人が、あの人たちと来た場所。
 森の深淵。名も無き聖地。

 大木に額をつけようとして、こつんと衝撃が返る。
 そうだ、自分は帽子を被っていたのだ、と今さらながらに思う。

 ・・・・・・ゴウトなら今の自分に何て云うだろう。
 それでも十四代目か、と叱咤するだろうか。
 それとも、諭すように慰めてくれるだろうか。

 もう一人の自分は・・・・・・きっと怒るだろうな、と少し笑った。


 どちらの声も、もう聞くことは叶わない。



 ライドウは視線を彷徨わせ、目に入った違和感へ近づき腰を屈めた。
「この花・・・・・・」
 名も知らぬ、か弱き花が咲いていた。
 そこは、むこうの世界で雷堂が立っていた場所。
 正確には、雷堂の半歩後ろの位置。
「・・・・・・」
 ゴウトならこう云うだろう。
「どうかしたのか」
 幻想の産物に、ライドウは応じる。
「いいえ」
「どうもしない顔か、それが」
「僕の思い違いかもしれませんから・・・・・・」
 こみ上げる感情に、ライドウは笑み崩れていた。

 もしかしたら、雷堂もこの花を見つけていたかもしれないなんて。
 ゴウトには云えない。
 もしかすると、この花を踏まないように踏まれないように、守るように雷堂が立っていたかもしれないなんて。
 いや、云ってしまおうか。・・・・・・迷うな。

「あの人は、通行人の邪魔になるように立っていたなと思って」
「そうだな。でも、その方があやつらしい」
「・・・・・・そうですね」



 花びらを撫でながら、ライドウは蒼穹へ目を遣った。





 あの
空は僕から近すぎて、あの人には届かない。


 あの人がよくいた場所。
 秘かに守っていたあの花。

 離れてようやく、あの人に少し近づいた気がした。

 見上げた空も、今度は遠い。




 しかしあの空は翠に染まらない。
 気まぐれに色を変えても、あの翠玉には遠く及ばず、ライドウを拒絶する。

 全てにあの人が宿っていて
 どこにもあの人がいないと知り
 全てを見た後は、目を閉じよう。


 あの人への想いは、蒼壁の向こうにあると。
 いつか逢えると、信じて。




 同じ御名を思い浮かべる。








「・・・・・・・・・・・・」

 淡く呼んだ唇を、微風が撫でていった。









 ひ~! 電波だメルヘンだ! さぶいぼ!
 書いている途中、昔の少女漫画であった「ガラス越しのキス」というシチュエーションが浮かびましたよ。お空は壁だけど二人を繋ぐものなんですね、管理人?(吐血)
 普段、純粋乙女が頬を染めるような話を見ないので、こういうことになります! 乙女要素を回避してるつもりで無意識にパターンに走っているのでしょう。
 に、似合わねぇ!(管理人が)

 音にすると三(四)人とも「らいどう」ねv と思って、こんな話になっちゃいました。最初は、雷堂さんを思ってライドウがしんみりなるって感じだったのですが、「無理っちゃ!」と途中で判断したため路線変更。梶浦は書けなかったので誰か書いて下さい(笑)
 他にも平行世界があると考えるならば、RAIDOUとかGOUTOとか怪しい感じの御方も登場するかもしれなかったんですよね・・・・・・!?(IFにもほどがある!?)外国向け製品が発売されたらすぐに叶いそうですが(笑)
 
 

 ちょっと夢見つつ・・・・・・(逃走)
                             2006.6.10