笑い方がわからなかった。
笑う必要がなかったから。
唇を開く機会は少なかった。
必要事項以外に、云う習慣がなかったから。
御名にふさわしい器と技量だけが求められた。それ以外に、例えば人間らしい要素など邪念の元だと躾けられ、受け入れてきた。
それが、おかしなことだとは露程も思っていなくて。
人形。
悪魔に嘲笑されても、心動かされることはなかったのに。
心など、なかった筈なのに。
ここに来てから、随分と自分が人間臭いことをしているのに気がつく。
気づくのは、いつも貴方の声から。
「あ、ライドウが怒った」
「お芋好きなんだ? すっごく嬉しそう」
「んー・・・・・・今日、何かあった?」
無表情の下から、何か滲みだしているのか、思わず鏡を見たこともある。
人間らしさを取り戻してきた、と云うべきなのか。
見せかけの情を、顔に貼り付けただけなのか。
無理に笑おうとして、失敗し、鳴海の笑顔を観察してみる。
そうか。表情を動かす為には、唇を歪ませる以外にも、動かさなければならない箇所が多々あるのだ。
自分の為にと偽って、貴方を追う日々。
けれど、直ぐに限界は来る。
「ライドウの趣味って何?」
たまには一緒に息抜きしようよと誘われたのに、返す言葉が出ない。
「趣味、ですか」
戸惑いは、沈黙と当たり障りのない笑みを招く。
「あー、修行とかかな?」
「趣味と云えなくもないですね」
「舞とかやらないの?」
「神事や神楽なら」
「趣味ないのかぁ」
苦笑した鳴海に、ライドウは視線を逸らした。
「・・・・・・さぁ」
はい、ときっぱり云わなかった自分に驚いて。
「これから探そうと思います」
少し、勇気を出した。
「お暇なら、帝都を案内して下さいませんか」
差し出されたのは極上の笑みと、エスコートの片手。
その温かさに、溶け出したのは、仮面の欠片か。
すぅと、静かに音が流れた。
嗚呼、その微笑みに近づける日は来るのでしょうか。
2006.8.11
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