捨てられちゃいました。
段ボールの端に、ちょいと顎を乗せて、朝日煌めく河原を眺めた。
今度で何度目だろう。 捨て猫歴・・・・・・長め。 俺の名前は・・・・・・忘れた。 そもそも、そんなものがあったのかもあやふやだ。
昨晩は、いきつけのバーに行っていた。 猫がよく集まる所で、マスターは気前がいい。 時々、可愛がってくれるお客もいて、まずまず満足していた。 だが、昨日は様子が違った。
ちょっとした食事をもらっていたら、新しい飼い主と出逢ったのだ。 俺は嬉しくなって、へらへらしていた。 すると金髪美人のおねぇちゃんが近づいてきて。 賭をした、ような気がする。 何だっけなー。 ま、兎も角、それでこうしてまた捨て猫に戻ったわけで。 最短飼い猫歴、更新、だ。 耳の裏を掻いて、息を吐いた。 寒い。 今日は空模様も、宜しくない。 もしかしたら雪くらい降るかもしれない。 あーあ。 心細くなって、躰を舐めた。
がさっ。 突然の足音に、後ろを振り向く。 目をまん丸にして、見上げたら、近所の汚い餓鬼達だった。 うわー。拾われたくなーい。 顔近づけるなよ。鼻水つくだろ! 「うっわ汚ねぇ猫!」 「おい! あっちに蛙いたぜ!」 「嘘だあ! 冬にはいないだろ!?」 走り去っていく足音に、ほっとしながら、俺は蛙以下かよ、とちょっと傷ついた。
あーあ。 いい人が拾ってくれないかなー。 それから何度も、のぞき込んでくる人間がいたが、触ったり勝手に名前をつけて呼びかけたりするだけで、 段ボールから俺の躰が出ることはなかった。
・・・・・・お腹すいたなぁ。 俺、いつもはどうやって飯食べてたんだっけ? もう、夕暮れだ。
すきま風が、毛布を凍らす。 待つだけの身は、辛い。
また、河原の草が音をたてた。 何だかいい匂いがした。 どきどきしながら見上げると、すっげぇ好みの顔だった。 「寒いですか?」 うん。寒い。寒いよ。 なーん、と甘えた声を出す。 一頻り撫でてもらって、ごろごろと喉が鳴る。 うーん、猫の扱いに慣れているなぁ。 白い手に擦り寄ろうとして、俺は不意に目標を見失った。 「すみません。僕には、他に連れがいますので」 戸惑う間に、額に口吻を落として、其の人も去っていった。 何だよ・・・・・・。 玩具をとられた子供のような不満が、むくむくとわき上がった。
みんな、俺を好き勝手に玩びやがって。 結局、去っていくんじゃないか。
一生分の愚痴を叫んで、疲れて、丸くなった。 目を閉じた。 誰が来ようと、もう目を開けない。 抱こうとしたら噛んでやる。 鼻をすすって、決意する。
・・・・・・また、誰か来た。 何だか懐かしい匂いがした。 「此処にいたのか・・・・・・」 ほっとした声に、俺は、疑問符と不快感で一杯になった。 だから、手が伸ばされる気配に向かって、思いっきり噛みついてやった。 歯に、手の震えが伝わってくる。 ざまあみろ。 さあ手を放せ。 俺の世界から出て行け! ・・・・・・と、今度は俺が噛みつかれた。 頭を。 「に゛ゃー!!?」 かぷっと甘く噛まれたのだが、何だかびっくりして、思わず噛むのを止めた。 胸に抱き込まれて、俺は為す術もない。 「手間のかかる奴め」 畜生。お前に云われたくない。 「サマナーと賭などするから痛い目に遭う」 ん? 此奴、俺の事情をわかってるのか? 伸び上がって、初めて顔を確認する。 白い白い肌。 染み一つない、さっきの奴と似てる顔。 でも、全然違うよく知ってる顔。
あ。
「鳴海」
名前を呼ばれて、俺は思い出す。 猫になった経緯。 賭の内容。 そして、お前の事も。
「なあ。俺の躰、元に戻らないんだけど」 「喋る猫、か。そのままでもいいのではないか?」 「いや、それはちょっと。たぶんさー。お前のキスとかで魔法がとけると思うんだけど」 「魔法でもないし、接吻でも解決しないと思うぞ」 「試しにやってみない?」 「断る」 「俺を拾ったくせにぃ」 「迎えに来ただけだ。お前がいなくなると」 「寂しい?」 「事務処理が面倒だ」 つまんねぇの。 「・・・・・・じゃあ、此処から俺動かない」 じたばたと腕から抜け出そうとして、鳴海は少年に抱えなおされた。 「大人しくせぬか」 「やだ」 「・・・・・・いい子にしていろ」 優しく囁かれる。 喉を撫でられる。 やばい。気持ちいい。 「本当に元の姿に戻りたいのか?」 「ん~」 「そのままの方が、可愛いぞ」 「え。まじで? 俺、可愛い? 可愛い?」 そういえば、自分の姿を見てなかった。 事務所の鏡で確認するまでは、このままでもいいかも。 「帰ろうか」 「にゃあ」 薄情にも、いそいそと俺は外套の中におさまった。 毛布も。段ボールも。そのままに。 ごちゃごちゃと整理できていない問題もあるけれど。
まぁ此奴に拾われたことで、今はよしとする。
一瞬だけ、後ろを向いて、すぐにいい匂いのする胸に顔を埋めた。
さらば哀しき過去の残像。
さらば愛しきご主人様達。
俺は、新しい飼い主の匂いを、ふんふんと嗅いだ。
とりあえず、他の奴の臭いを俺の匂いで消そうと思った。
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2月22日。
猫の日ってことで! 勢いだけで書きましたv
なのに。
なんで鳴海が猫やねん、とか。
賭の内容なにやねん、とか。
後日談、ないと訳わからんわ、と思うかもしれませんが、
ま、機会があれば<投げ捨て!?
2008.2.22
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