季節外れの花が咲く。
彼のいる所に、華が咲く。
嗚呼、また彼は僕のいない場所にいる。
「ライドウ君、知ってる知ってる?」
彼女の勢いに逆らわず、ライドウは口を開けた。
「・・・・・・いいえ」
「だと思った」
得意顔で、ぐいと胸を反らすのは、朝倉タヱ。
よく動く肢体と、くるくる動く眼が印象的な女性だ。
記者という立場もあり、情報収集と称して探偵社によく来る常連である。
今も、好奇心で双眸を光らせながら、ライドウに顔を近づけてきた。
「最近ねぇ。山で桜が咲くんですって」
「遅咲きかい?」
新聞を下げ、鳴海が顔を出す。
「お花見行きたいねぇ」
「呑気ね、鳴海さん」
「あ、惚れた?」
タヱの視線がマッチのオブジェに向けられ、鳴海はひやりとする。
「コーヒー出してくれるなら」
今日も新しい名刺を受け取る。
「今日も暑いねぇ」
鳴海は、ばさばさと新聞で扇いだ。
「それでね。その桜なんだけど、全てに共通するのは一日しか咲かないってことなの! しかも、枯れ木だろうが葉桜だろうがお構いなし! ね、ちょっと面白そうじゃない?」
「気になりますね」
「でしょー!」
ライドウ君ならわかってくれると思った、とはしゃぐ。
だからタヱちゃんと呼ばれることに本人は気づいていない。
「ねぇ調べてくれない?」
「料金は前払いで」
「貴方には云ってませんよ、所長さん」
「やりましょう」
外套の翻る音に、二人が振り返ったときには。
既にライドウの姿は消えていた。
宙に広がる大木の枝に寝そべり、その男はいた。
滝のように装束を垂らし、木漏れ日に愛撫されながら、仰向けで瞼を閉じている。
思わず見とれてしまうが、その美貌ゆえに、容易に近づけない雰囲気も醸し出していた。
少年も茫と眺め、やがて情を込めた瞳で見つめた。
その熱さに、彼が気づいてくれないかと。
「ライドウ様」
根負けして、ライドウは自分から声を絞り出す。
何度も何度も。
彼が気づいてくれるまで。
「ライドウ様!」
そして、瞼の震えを見て取り、漸く穏やかな声で語りかけた。
「マグネタイトが漏れていますよ」
虚ろな視線にすら、ライドウは充足した。
「嗚呼、どうにもこの躰に慣れなくてな」
自分の躰なのにおかしなもんだな、と笑う男。
「世間では噂になっています」
「云わせておけ。奴等もすぐに飽きるだろうよ」
器用に寝返りを打つ男に、ライドウは知らず唇を噛みしめた。
無頓着な男。
執着する自分。
溝は深まるばかりだ。
「ねぇ、ライドウ様」
陽が少し傾いて、男の貌は見えなくなった。
「十四代目になった時に、傍にいたのは貴方ですよね」
「ゴウトドウジだからな」
「猫の姿で現れた。烏になってでも戻ってきた。今、人の身を得てすら僕の傍にいる」
「それの何が不満だ?」
云おうとしていたことを、先に云われ、ライドウは狼狽える。
揺れる装束に、笑われたと気づいた。
「僕は、ただ・・・・・・」
「ただ?」
言い淀めば、容赦なく冷たい声が降ってくる。
否、冷たいのではない、関心がないのだ。
ただ、何となく相槌を打っている。
とりあえず、暇つぶし、そんなところだろう。
こんなにも愛しい気持ちに焦がされているのに。
叫びたくて、叫ぶことが出来ないくらいに寂しいというのに。
なぜ、こんなに近くにいるのに。
一声が出ない。
これを逃せば、何処かへ行ってしまうかもしれないのに。
「僕は、貴方がいなければ生きていけないんです」
これが、云いたかったことだろうか。
「僕の全てを知っている貴方に、傍にいて欲しいのです」
帝都の平和は、この名にかけて受け持とう。
だから、唯一、真名を知っている貴方に、「僕」を受けとめて欲しいのだ。
十四代目葛葉ライドウに不必要な感情を、想いを、記憶を貴方には知っていて欲しいのだ。共有、して欲しい。
甘えと云われても構わない。呆れられても構わない。
ただ、貴方の傍にいられるならば。
「俺が応と云えば、お前は十四代目として安寧でき、俺が否と云えば、お前はお前を破綻させるわけだ」
未来にいる筈の十四代目を、過去の存在である初代が掌で転がすとは。
これこそ罪なのか。罪の贖いなのか。
「酷なことをさせるんだな」
「断れば、いいでしょう」
「思ってもないことでも、云えば呪になるぞ」
「だっ、・・・・・・て」
初代を見上げてライドウは、垂れている上着の端をぎゅっと掴む。
と、清らな風と不意の引力に、ライドウの身体は宙に浮いた。
「・・・・・・っ!?」
「来い」
地に叩きつけられる前に、ぐいと引き寄せられた。
男の身体の上に。
枝に寝そべる男に、ライドウはまたがるようにして安定する。
「あ、の」
「手を繋ぐのは厭いか?」
「好きです」
微笑む男は、喉を鳴らす。
「お前は、俺が千回『大丈夫』と云っても、何処かで疑うだろうよ」
だからな、と身体を絡ませ、優しくライドウを抱きしめた。
「お前が疑う度に、桜の花を咲かせてやろう。お前が俺を信じるまで、咲かせ続けてやる。もしも俺がいなくなったら、その中の『華』を探しに来い」
「そこに必ず、俺がいる。俺にお前の欲しい言葉を云わせてみろ」
「抱いてください」
「・・・・・・萎えた」
「願いを叶えてくださるのでは?」
「やりたくなるように、口説けよ」
傲慢な物言いに、ライドウは頬を染めて、抵抗の意味で唇を尖らした。
「桜は、僕の為だけに、咲かせてくださるのですね」
「いや、マグネタイト還元のついでだな」
「酷い人だ」
「厭なら来なければいい」
「厭です。もっと愛してください」
「帰るか」
するりと着物の感触が、逃げ去り、その姿は目下の地へ吸い込まれる。
慌てて、ライドウも木から飛び降りれば
「さぁ、どうして欲しいんだ?」
翠色の流し目。
ライドウは、何も云えず、ただ唇を緩く開き、待った。
やがて訪れた幸福に、淡く微笑んだ。
「ライドウ君、あれはどうなったの?」
「あれ、とは」
ライドウに詰め寄ったタヱは、きらりと眼を光らせる。
「頼んでおいた桜の話」
「ねぇ、花見行こうよ~」
「鳴海さん、その手は何?」
「依頼料請求」
「事件は解決しましたよ」
ライドウは、微笑んだ。
「このところ、暑い日が続きましたよね。そのせいで、桜が季節を勘違いして咲いてしまったらしいです。一日で咲いたというのは、錯覚で、不正に森林を伐採していた輩がいたために、目立たず咲いていた山桜が、麓からも見えるようになってしまったのです」
「その業者は、後日逮捕されるらしいよ」
「何ですって!?」
「早く書かないと、他のところに先を越されちゃうよ」
「業者の名前を教えて!」
タヱは、表情を引き締め、次々とメモを取っていく。
流石に慣れたものだと、事務所の人間が感心するのも束の間、記者は疾風の如く部屋を後にした。
「不正業者が、見つかってよかったねぇ」
「号外になるかもしれませんね」
「違うよ。お前のこと」
「何のことですか」
「・・・・・・まぁいいけど」
「そうですか」
「まぁロマンチストの俺から云わせたら、誰かが恋人の為に咲かせていましたって云う方が好きだけどね」
「・・・・・・」
「あ、依頼料」
「ツケ、ですね」
「うわ、今月の家賃が! ライドウ、タヱちゃんを追いかけてくれ!」
頷きかけたライドウは、ふと窓の外を見て、首を横に振った。
「たまには鳴海さんが行って下さい。僕は、急用ができましたので」
「えぇ~!?」
「今日は帰りませんから、宜しくお願いします」
鳴海の叫び声を背に、ライドウは、走るのももどかしく、管を取り出した。
季節外れの花が咲く。
彼のいる所に、華が咲く。
嗚呼、今日は僕の傍で華が咲く。
初代xライドウのリクでした!
甘く優しくひそやかに、ライ様が「幸せだな」って思えるような。幸せで笑みがこぼれてしょうがないようなお話……!
すみません、べったべた且つ変なメルヘン話になりました! リクしていただいてからもの凄く時間たってしまったし! 実は、最初と末尾の文はかなり前から決まっていたのですが、
「ライ様に、何を悩んでもらおう?」
と悶々していたら、こんなに遅くなってしまいました! 本当にすっみません!
それにしても、ナニユエ初代様、花咲爺?
すみません。もう滅却していただいて結構ですので! 皆様の記憶デリートボタンはどこですか!? 梶浦、押しに行きますからー!<落ち着け
2006.10.11