落ち着かない。
今日は朝から落ち着かない。

シャツの釦をかけ違え、床のへこみで躓いた。
近所を散策すれば、どの通りを歩いても、可愛い尻尾には巡り会えず。
悪魔に出会えば、居合で手に怪我をして。
初心者のような過ちが、積もり積もって、町のざわめきにも苛立った。
凍りそうな空の下で、瘡蓋になった傷がひりりと痛む。
嗚呼。暖を取りたい。
どうせならば、黒い毛玉を思う存分抱きしめて・・・・・・。

「ライドウちゃーん」
へらへらと向こう側から近づいてくる上司に、そっと溜息をつく。
何ですか。
昼間から出歩くとは、天変地異の前触れですか。
お相手しますから、平和な話題をお願いしたいのですけれど。

とりあえず覚悟を決めて、ライドウは気配の少ない通りに誘った。


「いや〜今日は、副業でちょっと稼いじゃったからさ。お昼でも一緒にどうかなって思ってね」
「・・・・・・すみません。僕は、済ませてしまいましたので」
「じゃあ甘い物でも、どう?」
「すみません」
「んー今度は、一緒に食べようね」
苦笑する鳴海から眼をそらした。
「鳴海さん」
もう限界だ。
「んーって、え!?」
暗がりに、男を引きずり込んだ。
「なになにライドウちゃん!?」
上ずった声を出す唇に、そっと人差し指を添えて、「しぃっ」と囁く。
壁に鳴海を押しつけて、凭れるように抱きついた。
温かい。
服越しでも、体温は伝わるのだなと感心し、すっと眼を閉じる。
今すぐ欲しいものとは違うが、嗅ぎなれた匂いに、安心する。
張り詰めていた糸が徐々に解けていくのを、感じて。
猫のように顔を擦りつけ、額を肩に柔らかく押しつけた。
「ライドウ・・・・・・?」
戸惑う相手に、「もう少しだけ」と足を絡めた。



「ありがとうございました」
抱きしめようとした寸前でかわされた鳴海は、こっそりと手をわきわきさせながら、ライドウを見た。
「今日はゴウトと別行動なので、少し苛立ってしまって」
落ち着きを取り戻した風に、ライドウは微笑した。
「鳴海さんのお陰で、すっきりしました」
「・・・・・・そう」
「用事がありますので、失礼します」

会釈して去っていく黒い背中を、鳴海は恨めしげに見た。
「反則でしょ、あれは」
まだ胸がどきどきしている。
本来なら、こっちが翻弄する役なのに、今日はまんまとしてやられた。
唇に、冷たい人差し指を押しつた仕草は、恐ろしく可愛いかったし。
白昼堂々、ライドウから躰をすり寄せてくるなんて、初めてのことではなかろうか。
香水をつけていない少年から、色気が立ち上っているようで、襲いたくなったが。
あまりにも無防備に凭れてくるので、何となく機会を失ってしまったのだ。
だが、久しぶりに感じた吐息の、甘やかなこと。

「あ、やば・・・・・・」

思い出せば思い出すほど、前の方が怪しくなって。

「ちくしょー。落ち着かねぇ」

エロ書生め。体温越しに、色々押しつけやがって。

靴の中で指をごそごそさせながら、鳴海は前屈みでその場を立ち去ったのだった。









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ナチュラルに人を翻弄するライドウと、どきまぎする鳴海氏が書きたかったんですv
もっとえろい感じに書けばよかったかしら。

所長の副業は、賭け事かな(笑)
やっぱり駄目男♪



2008.1.23