カラ、コロ。
カラ、コロ。
「ライドウ、こっちこっち」
少し前を歩いていた鳴海が招く先は、地元の人間しか知らない細い脇道。
暗く月光も届かない道だが、町内の文様を描いた提灯が道標となってくれていた。
淡く光る夜道を、鳴海と歩く。
優しい高揚感に、ライドウは下駄を少し強く鳴らす。
カラン、コロン。
「なぁ、ライドウ」
躊躇いがちに、鳴海がライドウを見る。
「手、繋いでもいいか?」
首を傾げると、鳴海は罰が悪そうに視線を逸らす。
女性になら幾らでも甘言を吐ける鳴海も、この助手には滅法弱かった。
「厭ならいいんだけど」
尖らした唇が可笑しくて、ライドウは悪戯をするように勢いよく鳴海の手を握る。
こんなこと、小さい頃にだってしたことがない。
だが、この人の前だったら・・・・・・。
「早く行きましょう」
微笑むと、鳴海も見惚れるような笑顔を見せた。
「おう、お前ら来てたんか」
屋台を覗き込めば、見知った顔に声を掛けられた。
「久しぶりやないんか鳴海。最近、こっちに顔見せてへんやろ」
「ちょっとな。でも、いいのか佐竹。俺が行ったら、お前らこそ深川で稼がないとならなくなるぜ」
「すっぽんぽんになるまで試してやろか」
にやりと笑い合う二人を、ライドウはぼんやりと見た。
今日はお互い服を着ているな、と思う。
深川の南、祠のある社が七夕祭の会場になっていた。
小さいながらも地域の人々に親しまれている場所らしく、どこかで見かけた子供達や佐竹の舎弟の姿を見かける。
屋台は、通りのあちらこちらにもひしめき合い、見せ物小屋などは、本領発揮と云わんばかりに賑わっている。
熱気。歓声。食欲を増す匂い。
人々の笑顔に、ライドウは十四代目になってよかったと微笑んだ。
「おうおう鳴海の旦那。綺麗どころを連れて来てるやん」
見知らぬ男の声に、ライドウはふと鳴海達の方へ向き直った。
どうやら遠地から来ている組の者らしく、酔った顔で揶揄してくる。
ライドウは、自分の格好を改めて見下ろした。
藍地に、流水と花を散らした浴衣。
ところどころに散る白い飛沫は、流水に映る天の川も模しているらしい。
どこからか鳴海が持ってきたもので、鳴海の御下がりかもしれなかった。
着付けは自分でもできるのだが、要所要所は彼が直してくれた。
鳴海自身は、横縞に蜻蛉が飛んでいる絞り染め。
洋服しか見たことがないライドウは、鳴海の和装を素直に新鮮だと思ったのだが、すれ違う女性の視線は、しっとりとした色気に吸い寄せられ、頬を染めるものまでいた。
無意識に刀を払う動作をしたライドウは、すっと目を細める。
流石に葛葉刀は持って来られなかったが、短刀は忍ばせてある。
管も持っているが、見ただけではその位置はわからないはずだ。
涼しげな顔で団扇を扇ぐライドウに、何やら云いつつ男は詰め寄ってくる。
鳴海は無言のまま、帯に挟んでいた扇子を、鮮やかに男の鼻っ面に叩きつけた。
「俺の助手に気安く触らないでくれる」
「何だと!?」
喧しく叫ぶ男は、あまりにも冷ややかな目線に一瞬たじろぐ。
鳴海が不意に見せる獣性。
いつも笑っているだけに、底知れない恐怖を相手に与える。
ここで目を逸らせば男は胆で負けることになるので、どうにか踏ん張ったが、考えている時点で既に勝負は決まっていた。
「鳴海ぃ。そのくらいにしとけ」
囁かれた声音に、漸くにこりと微笑む。
「今日はお祭りだもんね」
「そうや」
佐竹は舎弟に顎をしゃくって、酔いも醒めたであろう先ほどの男を連れて行かせる。
鳴海は、ちらりともそちらを見ず、屋台を眺める。
「佐竹。奢ってくれるんだろうね?」
身内の不始末を支払えと双眸が語っている。
「・・・・・・ちょっとだけやぞ」
二人の遣り取りにライドウは何やら感心して、短刀からそっと手を放したのであった。
「さぁて、それじゃあ本日のメインイベントに行きますか!」
散々飲み食いした頃、鳴海がライドウの手を引っ張って歩き出した。
「あの、鳴海さん」
「ん?」
「向かう方向が違うんじゃないですか」
祭り会場から離れていく鳴海に、ライドウは訊ねる。
「ライドウ、短冊はちゃんと持ってきたね」
返ってきた応えの意図がわからず、ライドウは眉を潜める。
「え、えぇ」
「じゃあ、やっぱりこっちでいいよ」
ライドウは鳴海に連れられるまま、入り口の傍にある川に辿り着く。
川面を撫でる涼風が、すすきを伝って二人を迎える。
「ライドウ」
いい声だな、と思った。
「はい」
「お前、触れたら爆発する物なんて持ってないよな」
ライドウは、理由もわからずがっかりした。
「はぁ」
「飛び道具も?」
「・・・・・・所長?」
訝しげにライドウが伺うと、鳴海はニヤリと笑った。
この顔は、とんでもないことを考えている顔だ。
と、思った瞬間、ライドウは浮遊感を覚える。
「な!?」
「行くよ、ライドウ!」
ライドウを横抱きにした鳴海は、そのまま勢いよく川を飛び越えた。
すとん、と降り立った場所は、反対側の川岸。
民家の裏手で、滅多なことでは人は通らない。
ましてや煌煌と照らされた向こう岸からわざわざ暗闇を求めて、やって来る者もそうそういないだろう。
暗くて小高い位置にあるので、そこから眺める祭り会場や、星空は格別である。
それはいいのだが。
「鳴海さん、降ろしてくれませんか」
いつまでも放そうとしない鳴海に、ライドウは身じろぐ。
動いた拍子に、胸元がはだけそうになって、とりあえず直した。
「ん~もう少しこのままでもよくない?」
「・・・・・・失礼します」
鳴海の邪な手を払い、ライドウは地面を踏みしめる。
珍しく溜息を吐いた。
「ここに笹があるのですか」
「笹?」
「・・・・・・短冊を笹に結びに来たのではないのですか」
「短冊は必要だよ」
「・・・・・・?」
鳴海は、ちらりと腕時計を確認する。
「もうそろそろかな」
明後日の方向を向く鳴海に、ライドウは苛立ちを覚えた。
「なんか思い出すなぁ。ここに来ると」
助手の気配に気づいていないのか、鳴海は悪魔でマイペースだ。
「天津金木に力を込める時、お前、佐竹や九十九博士に会いに行ったんだってな」
「・・・・・・えぇ」
「何で俺に頼まなかった?」
不意に冷たくなった鳴海の声に
「それは・・・・・・」
ライドウは口ごもる。
鳴海は喉を鳴らし、次いでライドウの顎を掴んだ。
目を逸らそうとしたライドウを赦さず、その視線を縫い止める。
冷酷で苛烈な激情に、ライドウは息を呑む。
「妬けるよ」
「すごく、妬ける」
「・・・・・・鳴海さ、」
「俺がこんな餓鬼に惚れるなんてなぁ」
酷薄に笑う探偵に、ライドウはぎゅっと拳を握る。
自分に非があったかもしれないが・・・・・・鳴海さんは狡い。
いつもライドウには興味がない振りをして、戯れのように睦言を囁いていく。
それに、どれだけ翻弄されたかわからないのに、ライドウだけが悪いように云う。
鳴海の声、仕草、眼差し、触れてくる手に、過敏にならないようにと今日も己を戒めていたというのに。
妬けると云うその舌で女を口説く貴方の、何を信じて、何を疑えばいいのか。
・・・・・・鳴海さん。本当に貴方は・・・・・・
何か云おうと唇を開いたライドウは、腹に重く打ち付けるような音に、はっとしてその方向を振り返る。
そこには色とりどりの・・・・・・。
空に、花火が・・・・・・。
打ち上げられた真下を検討して、ライドウの瞼の裏にロケットが映った。
「出世払いだよ。あのおやじ、かなりぼったくりやがった」
鳴海の呟きに、ライドウは目を見張る。
今の言葉を信じるならば、あの花火は鳴海がライドウの為に・・・・・・?
鳴海が優しく微笑んだ。
「ライドウ。来年もまた、ここに来ようぜ」
「・・・・・・」
「お前が俺を好きでなくてもいいんだ。今のは忘れてくれてもいい。だけど、せめて来年までチャンスをくれないか」
・・・・・・鳴海が、ライドウの髪を梳く。
それ以上は、触れてこない。
触れられているのに、こんなに近くにいるのに、鳴海の瞳を遠くに感じる。
自分達は、川に阻まれ未だ会うことを叶わぬ恋人達のように、擦れ違っているのだろうか。
今、ここで想いを告げることは容易い。
天津金木の事情を話せば、この人は誤解を解いて、抱きしめてくれるかもしれない。
だが・・・・・・。
「えぇ、鳴海さん。また願い事をしに来ましょう」
唇を歪めた男は、ライドウを巻き込み、草場に倒れ込む。
荒々しく解かれた帯が草むらに音を立てるのを見て、ライドウは鳴海の帯に、鳴海はライドウの帯に、相手に気づかせないように短冊を忍ばせた。
それこそが、また二人が逢う約束の印だといわんばかりに。
通じているものは何で、通じなければならない想いは何なのか、その隙間を埋めるために。
これからもライドウと一緒にいられますように。
貴方の傍にいられますように。
・・・・・・ライドウは、もう一枚隠し持っていた短冊を、帽子の中に隠した。
天の川が、美しすぎて。
触れてくる手、唇、鳴海の全てが優しくて哀しくて愛しくて。
ライドウは涙が出そうになった。
貴方が僕を好きでありますように。
鳴ライver.でしたv
サイト内に甘々ラブラブな話がなかったので、ちょっとだけ目指してみましたv 擬音語が多いのは、その余波もあります。
それにしても鳴海さんが女の子みたい(笑)かっこいいシーンも少し書いたつもりですが、全体的に可愛らしい(きもいですかね?)どんな三十代だ。ぐはっ! つか、あの川幅をジャンプするのは正味な話、無理なような さすが所長ですよね!
鳴海さんの散在率も、話のありえなさも最高潮だよこのSS(言っちゃったよ)
ライドウさんの、乙女モードにも参りました。書けば書くほど、変 だ よ。誰この子!? だからでしょうか・・・・・・ラストはラブラブイチャイチャで終わる筈が、ちょい哀しげになったのは!(自棄) 最後の短冊の意味は、色々あるんですが、お好きに捉えてくださいませv
浴衣の模様等は妄想の産物なので、正しい知識を持っている方に怒られそうです(汗)
万能科学研究所で、イルミネーションで飾られた笹に見立てたロケットっていうのも考えてたんですが、見送りました(流石に)
後は天津金木を、天・・・津軽・・・と打ち込んだことは秘密にしておいて下さい(白状)
読了ありがとうございました!
2006.7.09
|