「あ~今日は本当についてない!」
日差しに向かって、鳴海は吼えた。
洋食屋ではツケの支払いを迫られるし、風間刑事には面倒事を押しつけられてしまった。
俺だって誰かに「よろぴくぅ」って任せたいよ!
「ライドウ!」
「はい?」
「行くぞ!」
「…どこへですか?」
「決まってるでしょ!? 自棄食い! 別腹ときたらアソコ!」
びしっと指して、ライドウを引きずっていった。


ぱくりと一口。
「あ~、幸せ」
大きく切って、また一口。
えへら、と緩みきった笑顔を浮かべた。
ふんわり口内で広がり、舌を楽しませるスポンジ。
フルゥツの香りが、甘いクリィムを上手にエスコォト。
本日、最後の一個を食べられたのも、嬉しいエッセンス。
俺って、ついてる。
「あ。ライドウも食べる?」
「飲み物だけで結構です」
「あ~んしてやろうか?」
「・・・・・・」
帽子を下げる仕草が初々しい。
苺みたいな甘酸っぱさ。
ケェキよりも、現実を蕩けさせていく。
「何だよダイエット?」
「いえ、小腹がすいていた方が動きやすいので」
「・・・ふ~ん」
ライドウが使わなかった角砂糖すら、自分のコップに注いで、鳴海は頬杖をつく。
此の少年がデビルサマナーだということは知っている。
鳴海には見えないが、悪魔を使役して帝都を守護するらしい。
今も忍ばせている刀と銃は、人のいない方角に向けられるという。

ーーー少年には聞こえている声。
ーーー鳴海には聞こえない声。

専門外のことに口を挟むつもりはないが。

「無理するなよ」

え、と問い返す少年。

ーーー少年には届かない声。
ーーー鳴海が発している声。

「・・・・・・事務所戻ろっか」
「はい」

からん、と空虚なベルの音。
軋むノブを回して、二人の影が寄り添う。

「鳴海さん」
「ん?」
「ちょっとお腹がすいたんですが」
「ケェキ買ってくるか?」
財布を探して手を伸ばせば。
「あ・・・」
手首を白い指に絡め取られる。
前のめりになった所を、下からキスが受け止めた。

一瞬の出来事。

「・・・・・・ライドウ」
「鳴海さん」
戸惑う俺に、可愛い笑顔。
「もう少し食べたいです」
「え、あぁ、でも此処はちょっと…」

ふわり、と突然感じる浮遊感。
「え……えぇえええええ!?」
ぶれる視界。
吹き抜ける風。
俺、空、飛んでるー!???

一気に銀楼閣の屋上まで移動した自分に、呆然とした。
「ラ、ラララライドウウ!?」
「はい?」
「今のって!?」
きょどる俺に、余裕の笑みが返り。

「それより、鳴海さん」
「は、はぃい!?」
ばくばくと未だ鳴り続ける心臓に、更に衝撃が。
「ライ、ドウ」
呼吸を止めるほどの濃厚な接吻け。
下肢を這う淫らな少年の指。
押し倒されて、熱いコンクリィトの床とに挟まれる。
「ちょっ、ここ外よ!?」
「はい」
「誰か見てるかもしれないし!」
「見えませんよ」
「いやだって、あのほら、紅い空! あれ、何か怪しいし!」
漸くライドウの動きが止まる。
ゆっくりと俺には見えない何かを見る。

「まだ、時期ではないでしょう」
「そ、そうなの?」
つーか、何の時期?
聞いていいのか迷う。
「鳴海さん」
猫のようにしなやかに、身を寄せてくる少年。
ごくりと喉が鳴った。

「僕と貴方が見ている世界は、少し違います」
「……うん」
「僕が知っている真実と貴方の知っている事実も、少し違うかもしれません」
「……」
「だからお互いに触れ合うのでしょう?」
耳をなぞられ、びくりとする。
「想いを伝えようとするのでしょう」
頬が、花びらのような白い指に包まれる。
「だから僕は、帝都へ帰ってきたのですよ」
額に寄せられる、純粋な唇。
「貴方に云えなかった言葉を云う為に」
昔ならば秘めて口にしなかった言葉を。

「鳴海さん。僕は、貴方が好きです」

「……今更」
「云ってはいませんでしたから」
それでも、躰は繋げられる。
「鳴海さんはどうなのですか?」
「そりゃあ……」
「何ですか」
「わ、わかってるだろ?」
「きちんと云って下さい」
「お前、前よりサドっぽくなってない?」
「カオスというらしいですよ」
「何それ」
「さぁ。…で、どうなのですか」

あーうー、と眼を逸らす。
この歳になると、なかなか云えないことだってあるんだよ。

「す、す、」
逃げを赦さない瞳が、鳴海を射抜く。
「好き、かな」
「もう一度」
「…やだよ。恥ずかしいし」
「そうですか。このまま貴方を裸で縛り付けて衆目にさらしてもいいのですが」
「怖っ!」
だが、こいつならやる。
絶対やるって眼ぇしてる!

「あ、あのさ、俺、目茶苦茶、それ云うのに勇気いるのね」
「僕もそうでしたよ」
「うん。それはわかるけど。まずは、有言実行させてくれないかなぁ」
「……具体的に」

「さっきの続き、しよ」

沈黙が降り注ぐ。
しかし、空気は、ほんのりと色づいて。
少年の甘い躰を引き寄せた。





「・・・・・・ったく、容赦ねぇな」

いてて、と躰を起こす。
いつの間にか、空は星と戯れ、苦くなった肌をゆるりと撫でてくる。

「寒っ」

何か着るもの着るものと探して、ふとライドウの寝息に気を取られた。
柔らかく膨らむ小鼻。
無垢な寝顔。
こうやってしていると、可愛くて、俺が護ってやらないとと思えてくる。

帝都を騒がせている「運」の話。
だが、いつかはそれも下火になっていくだろう。

幸運は長続きしない。
不幸も永くは続かない。
たとえ長く続いたとしても、
きっと次の運を迎え入れる為の準備なのだ。


全てに絶望した俺が、ライドウという幸運を手にしたように。


俺も、何か。
帝都の為に。ライドウの為に、できることが……。


「ん・・・・・・う~っ」


眉を寄せてうなされている少年に「大丈夫だよ」と囁く。

自分に何ができて。
何が正解だなんて、わからないけど。
目の端で煌めく街の灯り。目の前に有る愛しい人。


「今は、おやすみ」


優しく抱きしめて、幸せな時間に身を浸せたのだった。


                                 2008.12.23