寒い日が続いている。
暖を求めて、今日もゴウトは事務所を移動する。
最近のお気に入りスポットは、此処の主人の机だ。
大きい窓から冬の貴重な陽光が凝縮されていて、とても温かいのだ。
本来の使用者は、ここの所、事務所に帰らないので、悠々と豪遊できるわけで。
腹を陽に当てていたゴウトは、ぎゅーっと伸びをして、机の上で丸くなった。
「だだいま゛〜」
ちっ。帰ってきたか。
ゴウトは寝たふりを続けた。
コツ、コツ、コツ、と独特な靴音が近づいてくる。
「ぐがげほぉっっっっっっ!」
わざとらしい咳だな。
わからない程度に眼を開けると、老人のように背を曲げた鳴海が、勢い余って物をひっくり返す所が見えた。
コツコツコツ。
先程より急いだ足取りで、鳴海はどさっと椅子に座った。
そして、おもむろにゴウトの背に顎を乗せ。
「げほっ。げほげほげほっ」
我慢だ。
「はっくしょい!」
「やめんか。呆け」
根負けして、ゴウトはもぞもぞと動いた。
「やっばり、お゛きてるんじゃん、ゴウト」
「風邪か。鳴海」
「そうだごばあっっっ!」
云えてないし。
「口押さえろよ! じゃっ」
「ちょっ、それはないよゴウぼはぁっっ!」
抜けだそうとした黒猫の毛並みを、顎で押しつけて、鳴海はぶうたれた。
ただし、咳を気にしたか、やや低めの小さな声で。
「俺の看病しようとか。風邪をうつされてあげようとか思わないわけ」
「お大事に」
「それだけかよ!」
また咳き込み始めた男に、流石にゴウトは同情した。
「しかしなぁ。猫の手には限界があるぞ」
「じゃあ抱かせて」
「は?」
「猫を抱いて寝たら治るんだって」
「ほぉ。そうか。じゃっ」
「スルーかよ! っっぐはっっっあ!」
「つーか近づきたくないんだが」
「まぁまぁ。そこはお試しコォスってことで」
「意味わからん」
途端、爆発するように激しい咳を始めた鳴海は、やがて机に頬を付け、沈黙した。
するりと病原菌の下から這い出たゴウトは、素早く第二陣に備えて離れたが。
顔すら上げられず、弱々しくおいでおいでをする鳴海に、仕方ないなと、近づいていった。
流石に触り方は、うまい。
つい、うっとりとして眠ってしまいそうな。
膝の上で撫でられながら、ゴウトは喉を鳴らした。
相手が鳴海というのは、いまいちだが、気持ちよさそうな顔をされるのは悪くない。
「抱き心地いいな〜。ゴウト、嫁に来てよ」
「厭だ」
「けち」
「本気じゃない奴に一々構ってられん。それでなくても・・・」
「本気の相手に手を焼いてるから?」
「・・・・・・わかってるなら云うな。俺の負担を減らしてくれ」
「それは無理ー」
ぐにぐにと肉球を押して、鳴海はむふふと笑う。
「俺、気持ちいいことが好きだし。心が快感感じるなら、何でもやっちゃうよ。やれるとこまでやっちゃえ! って感じ」
「ライドウの前では云うなよ」
「メイビィ」
「・・・・・・ったく」
鼻水出てるぞ、と近くにあった紙で拭いてやれば、子供のように、へへへと笑う唇に出会う。
莫迦だなぁ此奴。
それでも、ほんの少し、愛しさを感じるのだから、自分も莫迦なのかもしれない。
それとも、風邪をうつされたのか。
と、ひょいと躰を持ち上げられ、机に移動させられた。
ぎゅうっと腕に包まれ、机に頬を付けている鳴海と眼が合った。
「ゴウト」
「な、なんだ」
「ライドウのこと、頼んだよ」
「・・・・・・当たり前だろ」
「うん。そうだね」
くしゃっと顔を歪ませた鳴海だったが。
何故か其の笑みは弱々しくて。
「縁起でもないことを云うな」
「うん」
「もし、俺がいなくなったら、ライドウはお前が何とかしてくれよ」
「俺が?」
「お前が」
「んー・・・考えとく」
軽口のような重い約束。
一瞬、戦場を感じたのは独りだけか。それとも・・・・・・。
何となく沈黙が続き、どちらともなくうとうとし始めた。
ちょっと、髪の毛がくすぐったいが、ゴウトはゆるりと意識を手放した。
妙な奇声に眼を開けたのは、もう夜のことだった。
買い物から帰ってきたもう一人の住人が、小刻みに震えている。
何事だ? と思えば、つかつかと近寄ってきて、頬を引っ張ってきた。
「りゃいどう?」
「な・に・を・し・て・る・の・で・す・か」
「ひゅねじゃが」
「今すぐ出なさい。其処から」
出ろと云われても。
自分を抱いている相手が、腕をゆるめないことには。
「ライドウちゃん。今日は、俺がゴウト借りるから」
もそもそと起きた鳴海は、ライドウの手を払って、にやりと笑った。
「俺、病気なのよ。猫を抱いたら、治る病気なの」
背もたれを軋ませて、ゴウトを抱いたまま、鳴海は悠々と足を組む。
「だから、今夜は、邪魔させないよ。俺とゴウトの関係は」
「何云ってるんだ。莫迦が」
「照れなくていいよ、マイはにぃ!」
「川に突っ込むぞ」
「きゃー!」
黒い毛皮に、顔を突っ込む男。三十過ぎ。
果てしなく不気味な光景だが、少年を爆発させるには十分過ぎた。
「だったら、だったらだったらだったら僕も病気になるー!」
たーっと走ったかと思うと、ライドウは窓を突き破った。
そして、すぐに水音がした。
「彼奴・・・・・・」
「川に・・・・・・」
「もしかして風邪ひく為か?」
顔を見合わせた。
「逃げよう・・・か?」
「逃〜が〜し〜ま〜せ〜ん〜」
『げっ!!!』
大量に水をしたたらせながら、窓から進入しようとする書生は、大層怖かった。
ぎらりと抜かれた刀からも、殺気をすすった雫がこぼれ。
「あ、あのぅ?」
「ゴウト」
其の微笑は、鋭く怪し過ぎた。
「さぁ、抱かせなさい」
保護者達は、もう一度だけ顔を見合わせた。
「逃げよう」
「逃げよう」
そういうことになった。
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ギャグ崩れです。如何だったでしょうか。
「猫を抱きしめたら治る」と信じられていた病気は、本当にあったそうです。
肺だったかな。
信憑性は薄いですが、ちょっと萌えv
「猫を抱いたら治る病気なんだよ」
「知っています」
「あ。そうなの」
「いつかそう云って、触らせてもらおうと思ってましたから」
怖っ!
みたいなシチュも考えたんですが、本編には入らず。
さて、これからも保護者の会は、開かれるのか(笑)
愛されている少年は、気づかず、嫉妬に狂うのだろうなぁ。
ま、今日のブービー賞は「さぁ、抱かせなさい」かな。
どんな台詞だオイ。
2008.1.25