「諸君、あけましておめでとう!」
「おめでとうございます」
「ふぁ~あ」
「こらゴウト! 新春から欠伸なんてはしたないでしょ!」
部屋で待っていた鳴海が、扇子を打ち鳴らす。
「所長、この家はどなたのものですか?」
「俺の知り合い。ちょっと留守にするから、使っていいって♪」
ライドウとゴウトは顔を見合わせた。
ここはいつもの事務所ではなく、町外れにある日本家屋である。
先祖代々家屋敷を継いできたとわかる、重厚な造り。
欄間の模様からして、ざっと数百年といったところか。
古くはあるが、部屋の隅々まで清掃と修繕が行き渡っている。
新しい畳の臭いに上品に寄り添う香。清々しくも豪快な筆致の掛け軸。伊勢海老の乗った鏡餅。
ただ、表札を掲げた本来の主だけがそこにいない。
これだけの家だ。使用人くらいいそうなものだが、やはり気配はない。
よって、電報で呼び出されたライドウとゴウトは、見ず知らずのお宅にあがり、我が者顔で居座る所長(しかも和装)に些か面食らいながら、挨拶をしたのである。
・・・・・・ここの家主が所長の知り合い?
机を挟んで正座したライドウ達に、当の本人はご満悦のご様子。
パタパタと扇子を扇ぎ、無邪気に手を差しだした。
「はい」 「何だその手は?」
「ほらほら、俺に渡すもん渡しなさい」
「その心は?」
「おけまして、お年玉」
「雑煮の具にされたいか?」
「俺の好きな具はね~」
「黙れ昼行灯」
「何よ作ってくれないのかなゴウト母さんは」
「しなを作るな! 俺の爪で縞々模様の顔にしてやろうか!?」
「どうぞ、鳴海さん」
その場を鎮めるように、書生が、白い封筒を手においてくれた。
「ライドウ・・・・・・お前って子は・・・」
こんなに立派に成長して!
感動したよ、おにーさんは!
ちょっと潤んだ目を擦って、中身を見る。
「・・・・・・なにこれ」
「請求書の束です」
「何でわざわざ封筒に?」
「年末の掃除で、一箇所にまとめておきました」
一点の曇りもない瞳がヨコシマな俺を貫く。
「上司の身の回りを整理しておくのも助手の務めかと」
障子から入る新年の陽に照らされ、更に輝くその美貌。
「んんんんんんん~、アリガトウらいどうクン」
糞! 色男め!
握りつぶしながら懐にしまった。
そこで、あることに鳴海は気づいた。
「ライドウ、何で着物着てないの?」
去年の正月は、少し恥ずかしそうに着物に袖を通していた。
洋装ばかり見てきた鳴海だが、ライドウの袴の似合うこと似合うこと。
甘さを排した墨色の羽織が、肌の白さを強調して余計に色香を増していた。大変素晴らしい・・・いや大いにケシカラン装いだったので、事務所でとっとと脱がせて一日寝室で過ごさせたのだ。
だから今年も、ライドウ用の着物を手紙つきで置いておいたのだが。
「あ~今年は、着物の用意をしていなかったからなぁ」
大仰な声が割って入った。
「そういえば間違って届けられた着物は、きちんと呉服屋に返しておいたぞ」
「なっ・・・・・・!!!」
顎が外れそうな鳴海に、追い打ちがかけられた。
「婦女子用を頼むなんて、所長殿はオッチョコチョイだなぁ。置いてあった『借用書』と
『不審なメモ』も、きちんと処理しておいたぞ」
「手紙まで・・・・・・!?」
あれには、三が日までのあんな計画やこんな計画が書き記してあったというのに・・・・・・!!!
「ほんと、猫の手には酷であったよ」
翠の目がニヤリと細められる。
こんの~! 保護者気取りの猫め!
つまり、ゴウトは去年の鳴海の淫行を覚えていて、鮮やかすぎる手際で今年の計画を阻止してみせたわけだ。
「そうでしたか。ありがとうございましたゴウト」
「いや、俺の方こそ悪かった。ここのところ忙しかったとはいえ、お前に着物の用意もしてやれなかった。すまん」
「そんな・・・謝らないでください! 僕は、ゴウトが傍にいてくれるだけでいいのですから!」
見つめ合う二者に、更に苛ついた。
黒い毛玉に掴みかかろうとして。だが、最後の理性で留まった。
今、ゴウトに怒ってみせたらライドウによからぬ計画がばれてしまう。
折角いちゃつけるチャンスを、これ以上、減らしてなるものか!
チャンスを待つんだ俺!
ゆっくり息を吐き、脳みそをフル回転させる。
よしっ!
「ライドウ、行くぞ!」
「・・・・・・え?」
ぐい、と白い手を引っ張った。
「来たばっかりだぞ」
「五月蠅いやい! 行くったら行くの!」
「・・・はぁ」
「仕方ないな」
「あ、ゴウトはいいから」
「何?」
ニヤリと笑いたいのを隠して、残念そうに溜息を吐く。
「今から行くとこ、犬猫禁止なのよ。だからお留守番しててね♪」
「おまっ・・・もしかして仕返しか?」
「え~、何のこと?」
扇子で笑んだ口元を隠す。
「ちょっと、二人っきりで見廻りしてきま~す♪」
弐へ
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2010.1.12
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