鳴海は、ぽかんとして此方を見つめた。
 扉を後ろ手に閉めた雷堂は、常にない羞恥心で居たたまれなくなった。
 それもその筈。
 鳴海の目の前に立っているのは、上衣は軍服。下衣はスカァト。脚には妙な薄布をまとわせている少年なのだ。
 ちなみに身長は、百七十五センチメートル。
 視界の暴力以外の何物でもない。
 穴があったら入りたいとは、こういうことか?
 公明正大に生きてきた雷堂にとって、あまりに恥ずかしくて憤死しそうになった。
 視線を下に遣ると、これまた華奢な婦人靴に出くわして、眼を閉じた。
「凄いな」
 鳴海が、生唾を呑む。
「すげぇやらしい。興奮する」
「は?」
 顔を上げると、粘ついた視線とかち合い、首を傾げた。
「興奮?」
 鳴海が今日初めて立ち上がり、雷堂の傍まで来て舐めるように見る。
「やっべ。今すぐやっていい?」
「意味がわからん」
 此のはしたない姿に興奮するとは、理解できない。
 女装した少年に、何故呼吸を荒くする?
「落ち着け鳴海」
「無理、だな」
「触るな! 気持ち悪い!」
「酷い言葉だ。けど、そういうプレイだと思えば・・・・・・」
「待て! 早まるな!」
 ばんっと壁に押しつけられて、雷堂は顔をしかめた。
 近づく鳴海の唇に、内心悲鳴を上げる。
 と、上衣のポケットに鉄の感触を感じて、咄嗟に其れを鳴海にぶつける。
「・・・・・・痛っ!」
「頭を冷やせ」
 うずくまる鳴海に、雷堂は冷や汗を拭った。
 手元を見れば、其れは手錠で。
「こうやって使うんだ」
 いつの間にか復活していた鳴海が、手錠をひったくり、雷堂の手と鳴海の手を結ぶ。
「何をするんだ貴様は!」
「へっへっへっ。赤い糸ならぬ銀の輪って感じ?」
「訳のわからぬことを! 今すぐ外せ!」
「何で」
「我は、今すぐ此の巫山戯た服を脱ぎたいのだ! 手を繋いだままでは脱ぎにくいだろう!?」
「俺が脱がせてやるよ」
「いらぬ!」
「じゃあ外さない」
「貴様!」
 かっとした雷堂が、空いている手で拳を繰り出す。
 だが、鳴海は余裕の笑みで手錠を引っ張り、ふらついた雷堂を抱きすくめる。
「貴様! 放さんか!」
「厭だね」
「何だと!?」
「放して欲しいなら、俺が放したくなるように云えよ」
 腰を抱き寄せられているので、雷堂は上手く身動きが出来ない。
 鳴海を睨み上げると、「キスしてくれんの?」と冗談が振ってくる。
 ・・・・・・糞!
「ほらほら。丁度、手錠もしてるんだからさ。取り調べしてみろよ。婦警さん♪」
「父兄?」
「いや。婦警。女性警察官」
「警察は、婦女子にはなれない職種だろう?」
「ん~まぁね。でも、海外では此の国よりも女性権が強い所があってな。其処では、女性が政治にも治安にも幅を利かせているらしいぜ」
「・・・・・・そうなのか」
「嗚呼。そういう大正の帝都だって、女性の権利を高めようって頑張ってるご婦人方がいるぜ。タヱちゃんも云うならば、其の一人だ」
「タヱ殿・・・・・・」
「実現にはまだまだ遠いと思うけどな。将来、女性警官が誕生するかもしれないぜ。其の時の呼び方を、婦人警察官。略して婦警って呼んだらどうかなってさ」
「女性警察官ではなく、か?」
「女警って語呂悪くないか? 女官だと和歌詠んでそうだし」
「・・・・・・そうかもな」
 雷堂は、以外と真面目な鳴海の弁に関心しつつ、此の男もまともな冗談が云えるのかと微笑した。
「婦警、か・・・・・・」
 一人納得している雷堂に、鳴海は口を尖らせた。
「早く取り調べろよ。じゃないと、俺、実力行使するぜ」
「一分でいいから、貴様は冗談と性欲から抜け出せ」
 鳴海は雷堂の綺麗な形をした耳に囁いた。

 む・り。

 太腿を、さわっと撫でられて雷堂は悲鳴と抗議を呑み込んだ。
「で、では取り調べを始める! 貴様は、」
「鳴海先生って呼べよ」
「・・・・・・っ! 一々触るな。で、では鳴海せ、んせい。貴方は、どうして働きもせず遊びにも行かず、此処一週間程探偵社に引き籠もっていたのですか」
「教えない」
「・・・・・・おい」
「はいはい。他に質問は?」
「家計が火の車なのは」
「探偵のお仕事のせいです」
「・・・・・・っ。交際費が多すぎる。控える気は?」
「其れ、嫉妬?」
「は?」
「嫉妬なら考えてあげてもいいよ」
「一回臨死体験させてやろうか?」
「お前の腹の上では何度も死んでるけど。たまに背中? いや、中か」
「・・・・・・云わせておけば! まともに応える気がないのかぁ!!!」
「うん」
 あまりに素直な解答に、雷堂は絶句した。
 常に撫で回されていた身体のあちらこちらが、怒りの為に染まっていく。
 踵のヒールを鳴海の足に突き刺そうとして。
 それよりも早く、鳴海が雷堂の上着に手を掛け、びりびりっと裂いた。
 釦が飛び、白く輝く肌が見える。
「あれ。渡した下着、着なかったんだ」
「そ、それは・・・・・・」
「雷堂。あのさぁ」
 狼狽える少年の乳首を、鳴海は抓った。
「・・・・・・っ」
「被疑者はね。暴れる時もあるんだよ?」
「貴様、此の後に及んで・・・・・・!」
 鳴海は慌てず、腕を突っぱねてくる相手の急所を、スカァトの上から握った。
「あれ?」
「やめ・・・・・・っ!」
 真っ赤になった雷堂には構わず、鳴海はいきなりスカァトの下から雷堂を直接握った。
 声にならない悲鳴を出す書生。
「・・・・・・雷堂」
「・・・・・・」
 黙り込む少年を欲情した双眼が見つめる。
「ごめん」
「・・・・・・」
「お前が、其の気なのを気づいてやれなくて・・・・・・」
「違う!」
「いっつも初めは抵抗するから、今日もそうだと思ったんだけど・・・・・・」
「聴け! 我の話を!」
「そうだよな。お前、自分から誘うって行為に慣れてないもんな」
「黙れ黙れ黙れ!」
「うん。わかった」
 鳴海は、宣言通り雷堂の唇ごと静かにした。
 一週間、全く身動きをしなかった男とは思えない。
 其の行動は、素早くそして巧みであった。
「・・・・・・っ、あっ・・・・・・」
 散々つき合わされてきた雷堂にしても、今日の鳴海の接吻けは激しく、息をするのもやっとであった。
 頭に靄がかかってきた頃、漸く唇が離れた。
 肩を大きく上下させていると、手錠をした方の手が引っ張られた。
 上から手の甲を握られ、操られる。
 そして雷堂の性器を揉まされる。
「やっ・・・・・・」
「煽ってる?」
 耳元で笑われて、雷堂は首を振った。
「じゃあ、何で褌してないの?」
「それは・・・・・・」
 スカァトを履くには、邪魔だったから。
 か細い声で告白すると、鳴海は「嘘」と否定する。
「本当は、したかったんだろ?」
「違っ・・・」
「早く触って欲しくて、脱いだんだ」
「違う違う!」
「期待してたんだろ。乱暴に突っ込まれるのを」
 優しく擦り込むように、鳴海は問答を繰り返す。
 事実は違うのに、其の不思議な声音に、雷堂は鳴海の言こそ真実のような気がしてくる。
 鳴海の動き。握りこんでいる欲望。二人の息づかい。
 鳴海の匂い。性の匂い。
 妖しい感覚で脳内が埋め尽くされていく。

「雷堂。人間っていうのは、もう一本腕があるよな」
 喘ぎが漏れそうになって、雷堂はこくんと頷く。
「じゃあ、空いている手も使わなきゃな」
 鳴海は自分の自由な手を、手本のように動かす。
 雷堂の秘所に突き刺さった。
「あぁああ・・・・・・!」
 白い躰が反り返る。
 指が一本、二本と増えていく。
 感じる所を曝いて擦っていく。
 白くなっていく意識に身を任せようとした瞬間、其の波が急激に引いていった。
「何で・・・・・・?」
 鳴海が指を抜いたのだ。
「やれ」
「え?」
「自分でやれよ」
 意地悪く男は笑うと、緩く円を描いていた手錠の手をも止めてしまう。
 鳴海が上から握っているせいで、直接触っているのは雷堂の手だが、自分で扱くことが出来なくなる。
 雷堂は泣きそうな瞳で鳴海を見たが、其れには構わず、雷堂の揉み上げを噛む鳴海。
 覚悟を決めて、少年は恐る恐る手指を奥の奥に近づけていく。
 
「ふっ・・・・・・」
 触れた瞬間、収縮して、雷堂は手を引っ込めた。
 だが、戸惑っていても放置された躰の奥が疼くだけで、何の解決にもならない。
 勇気を出して、もう一度触れ、其処を広げ、進入する。
 初めは一本。
 嗚咽を漏らしながら、もう一本。
 段々と増える指に、自然と腰が動いた。
 後、もう少し・・・・・・!
 すると、止まっていた筈の片手を、鳴海が激しく動かした。
「嗚呼・・・・・・!」
 びくんと震えて、雷堂は精を放つ。
 休む間もなく、鳴海は雷堂に後ろを向かせ、壁に手をつかせる。
 スカァトの後ろだけめくり、一気に挿入した。
「はぁああっ!」
 急な熱量に、雷堂は滑る壁を掻きむしった。
 脱がされていないスカァトが、再びもたげたペニスと擦れて圧迫して痛い。
「鳴海・・・・・・待っ、てくれ!」
「・・・・・・っ」
 声を出した拍子に、鳴海を締め付けたらしい。
 出し入れの速度が速くなった。
 激しさにまともな声を出せなくなり、雷堂は腰をくねらすことで、性器の位置をずらした。
 情けない。
 恥ずかしい。
 だけど、気持ちいい。

 首を後ろに向けると、直ぐさま唇を吸われる。
 雷堂も舌を伸ばして応えて。
 同時に達した。








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      2007.3.7