麗しき漆黒の




 昼時、洋食屋田原屋の混み出す時間帯に鳴海は起きた。
「・・・・・・頭いてぇ」
 二日酔いに痛むこめかみを押さえ、のろのろと扉を開ける。
 差し込む陽光に眼を細めた。
「ライドウ飯つくって~って、いないか」
 苦笑して鳴海は扉を閉めた。
 昨日、羽黒組の佐竹らと麻雀をしてきたのだが、途中で酒が入り帰宅したのが日の出前。
 懐は暖まったものの、勝負の余韻でまだ身体がうずいている。
 気だるく、いつも座っている椅子を見たところで鳴海は固まった。
 招かれざる客が手を振ってきたのだ。

「遅い目覚めだナ。待ちくたびれたヨ」
「・・・・・・っ! おまえは」
 怪僧ラスプーチン。
 帝政ロシアを混沌に引きずり込ん張本人にして、東京壊滅に荷担したダークサマナー。
 なぜこんなところに。
 鳴海は一気に目が覚めた。
 沈黙を続ける探偵には構わず、ラスプーチンは悠々と事務所を見回し、ニヤリと笑った。

「ここの事務所は客に茶も出せないのカネ? 上司の顔が見たいヨ」
 癪にさわる物言いに、ようやく鳴海は冷静になる。
「ほほぉ。俺の所長椅子に座って、茶を出せだと? ただで帰れると思うなよ」
 不用意に怪僧には近づかず、目つきを鋭くした。
「なんのつもりだ」
「なんのつもりだと思うカネ?」
「・・・・・・ライドウはいないぞ」
「学校だろウ? ミーは知ってるよ」

「目的はなんだ」
「性急だネ、君。資料とは違うナ」
「質問しているのは俺だ」
「答えなかったら?」
 その瞬間、鳴海の手がぶれたように見えた。
 ―――現れたのは、漆黒の銃。
 向けられた銃口にひるむこともなく、ラスプーチンは足を組み替えた。
「悪魔も召喚できないニンゲンがミーになにがデキル?」
 明らかな挑発に、鳴海はただ冷ややかに応じる。
「力ではおまえに勝てないかもしれない。だが、お前よりもここはできるぜ?」
 とんとん、と指先で頭をたたいてみせる探偵に、怪僧の眉間に皺が寄った。
「それに、俺の方がもてるし」
 とどめの一言であった。
「・・・・・・ミーを怒らせたようだネ」
 ゆらりと立ち上がったラスプーチンに、鳴海は不敵に笑う。
「ははぁん、負けを認めて帰るのか?」
「こうなったらキサマと勝負するネ!」
「受けて立つぜ」





『麻雀でな!』





「・・・・・・アホだ」
 はもった二人の叫びを耳に挟み、ゴウトは、くあ、と欠伸した。

「ただいま戻りました」

 探偵社に涼しげな声が響いた。
 しなやかに駆け寄ったゴウトはライドウを見上げた。
「大事はなかったか」
「はい。おかげさまで」
「それはよかった」
「ありがとうございます」
 微笑んだ十四代目は、ふと視線をそらした。
「あの、あそこで殺気を出している二人は・・・・・・?」
「放っておけ。近づくとよいサマナーにはなれんぞ」
「はぁ」



「決めたネ!」



 耳をつんざかんばかりの叫声にゴウトは呆れかえった。
 おまえの故郷、本当にロシアか?
 顔をしかめて発生源を見れば、生白い人差し指をくるくる回していて・・・・・・。
 
 びしっ! と指した先には、あわれ葛葉ライドウ。
「ミーが勝ったらライドウのもみあげ剃るヨ!」
 どうやら両者とも持ち金がないということで、他のものを賭けるつもりらしい。
「はっはっはっ! じゃあ、俺が勝ったらラスプーチンのヒゲをもいでやるぜ」
「おいちょっと待て!」
 くるりと鳴海とラスプーチンは振り返る。


『もちろんライドウとゴウトもやるよね!』


「・・・・・・ライドウ、アホどもに取り合うなよ」
「ゴウト。僕が勝ったらお願いを聞いてくれますか」
「おまえ何を言い出すんだ!?」
 正気に戻れ、と説得するゴウトに後ろから声がかかる。
「甘いぜゴウト! この椅子に座った時点で離脱は許されないんだよ!」
「何!?」
 比喩的表現かと思えば、一瞬の目眩の後、ゴウトは椅子に座らされていた。
「ミーもだてにダークサマナーは名乗ってないヨ」
 えげつない笑みを浮かべる大人二名。
 まんまとゴウトを生け捕ると、今度はライドウに向かって黒い笑みを浮かべた。
「葛葉は素直に従うネ?」
「ライドウ逃げろ!」
 必死のゴウトの叫びに、ライドウはなぜか無言だ。
「ライドウちゃん。もしライドウちゃんが一位になったら俺がゴウトの毛を剃ってやるよ。
 『十四代目 命』ってな」
「本当ですか」
 やります、と鳴海の手をとったライドウに、とうとうゴウトも我を忘れた。

「ここにいる全員アホだ! くそっ。それなら俺だって、鳴海の髪を坊主にしてやる!」
「やる気だねゴウトドウジ。そうこなくっちゃ!」
「ミーに刃向かったこと後悔するがいいネ!」


 かくして鳴海探偵社に、空前絶後の麻雀大会が開かれたのであった。





後編へ


 ラスプーチンと麻雀。第拾話での願望がここで果たされるとは・・・・・・!
 あぁ、我が人生に悔いなし(アホだな!)
 
 プー様は書いて楽しく、鳴海さんは余裕がなくなるようです(笑)
 ある意味いいコンビ。本編では接触なかったような気もしますがご愛敬★
 前後編にわけるほどでもないのですが、ライドウちゃんの「願い」を考えるためにとりあえずわけました。
 
 麗しき漆黒の毛を剃られるのは誰なのか(笑)
 後編を微妙にお楽しみに!                     2006.5.19