我らは人の子に囚われ・・・・・・






 抗う術もなく封魔された時、屈辱と恍惚が胸を満たした。
 管に吸い込まれる瞬間、召喚師のあまりの若さと冴え冴えとした容貌に面食らったが、その時点で、リャナンシーにはまだ余裕があった。

「あの人とは違うけど、まぁ野暮なんもえぇか」

 傲慢に言い捨てると、ライドウが笑ったような気がして・・・・・・意識は途切れる。
 夢現で、どこまでも灰白色の瞳が追いかけてきた。





「ライ様、受け取ってくんなまし」

 数度の戦いの後、それを渡したのは気まぐれだった。
 この男を愛してはいない。可愛いと思う気持ちは芽生えてきたが、愛してもいない男に尽くす不快感と背徳の愉悦感が身を焼いていた。
 忠誠が我が身を縛る前に、リャナンシーはある賭けを思い付いたのだった。
 
「これは知恵の輪。ライ様を守ってくれるんす」
 銀色の輝きを、珍しそうにライドウは掌で転がす。それが、破滅への鍵とも知らずに。
「肌守りか?」
「えぇ。でも、他の使い方もありんす」
 首を傾げるサマナーの頤を掬い上げ、リャナンシーは囁いた。
この知恵の輪は、解いていくほどに力を与えてくれるんす。」 
 その分、弱っていくのだが、口には出さない。
 リャナンシーは、ライドウに渡した物よりもっと複雑な輪をかざして「競争しましょ」と持ちかける。
 嗚呼、この綺麗な顔を早く自分の手で歪ませたい。
 この男を虜にして、夢中にさせた後、冥府へと突き落とす。
 勝ち目のない賭けをしたことに気づいた彼は、その瞳にどんな色を浮かべるのだろう?
「完全に解けたら、ライ様はもっとお強くもっと幸せになりますえ?
 死神の腕は、驚くほど優しいらしい。
「わちきがライ様に惚れぬく前に、解いておくれやす」
 そのためなら極上の笑みを浮かべるのもまた楽しい。
 頷く主人に、リャナンシーは抱きついたのだった。








「リャナンシー」
 呼ばれて振り向けば、
「パールヴァティの姐さん」
 ふわりと近づけば、気品のある微笑と出会った。
「あんた顔色悪いで? ちゃんとご飯食べなあかんよ」
「これは元からでありんす・・・・・・」
「アララ。おばちゃんの勘違いかいな」
 堪忍やで~と謝る姿さえ嫋やかである。 
 だが、その閉じられた瞳はどこまでも美しく隙なく光っている。
 同じ悪魔だからこそ、リャナンシーは知っていた。
「わちきに用でありんすか?」
 気づかないふりをしてリャナンシーは柔らかに微笑む。
 パールヴァティも艶やかに微笑み返す。
「あんた可愛いなぁ」
 くすりと笑われ、さっと頬を染めた。
「からかわれるのは嫌いおす」
「そんなに気張らんでや。ちょっと話したいだけやないの」
「姐さんは雷様の使い魔やろ? ライ様のことは教えんえ?」
 解くつもりのない輪。
「アララ~。残念やなぁ」
 ころころと笑う女神に、リャナンシーは唇を尖らし手元を弄る。
「リャナンシー?」
「何おす?」

「ライ様に悪戯したらあかんよ」

 リャナンシーの手が止まる。
「・・・・・・何の話おす?」
「イヤやわ。惚けるなんて」
 おばちゃんには気兼ねせんでええんよ? と穏やかに云うが、そこは格の差。
 パールヴァティの声音には凄みがある。背に厭な汗が滑り落ちた。
 どこまで企みが露見したのかはわからない。だが一度剥がれた嘘を取り繕うのは困難だ。ましてや相手は王を何度も虜にした美姫。生半な手管は通用しないだろう。
 リャナンシーは、嘘を塗り固めるのではなく相手を躱すことに専念しようと思考を切り替えた。
 手元の動きを再開させる。
 
「思わせぶりおすなぁ。男を堕とすんに多少のお痛は必要どす」
「お痛が過ぎて身体壊したら何にもならんわ」
「それも男女の駆け引きでござんしょう?」
 口角を上げようとした瞬間、リャナンシーの身体を殺気が貫いた。
「単刀直入に云うわ。あんた、ライ様を殺す気か?」
「・・・・・・だと云ったら?」
 挑むように見て、否、見ようとして、リャナンシーは固まった。
 突然、放電するパールヴァティの腕の中に閉じこめられたのだ。
 雷はリャナンシーの弱点ではないが、攻撃を受けて只で済むわけがない。
 知らず震えだした唇に、そっと光る人差し指が添えられた。

「何のまね・・・・・・」
 雷魔がもう片方の手を開けると、銀の輝きが目を射た。
「どうして!」
 数瞬前までリャナンシーが手にしていた物が・・・・・・。
「思い詰めると、隙が生まれるえ? 隙を作るんも惚れさす手や」
 謎かけをする母のようにパールヴァティは優しく云う。
「誰かにこの難しい知恵の輪解いてもらいたいなぁ」
 だが、リャナンシーを包むのは慈愛ではなく、


「折角やし、お手本見せてもらおうか」

 酷薄な朱唇が、甘やかに悪魔を締め上げる。

 

「なぁ・・・・・・リャナンシー?」













中編へ


 
 またまた衝動的に書いてしまいました! ちょっとヤな感じのリャナンシーです。
 すみません、リャナンシーはもっとライ様にメロメロで、ここまで歪んでないと思います! べた惚れなのは同じなんですがね。自覚の有無? ・・・・・・きっと「好きな子には悪戯しちゃえv」の法則だと思います★(そんなに生やさしかったか?)
 ちょっと精神年齢若いリャナンシーなので、うっかりパールヴァティに遊ばれています(笑)おばちゃん好きや~。でも性格悪くしてごめんね(土下座)女の戦いって怖いなぁ★
 
 次は雷様も出てきます。

 後半の方が救いがあるので、よろしかったら読んでみて下さい。

                                          2006.6.24